★人生交差点…ある女傑の回想④

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※社会通念上、不適切な表現や描写がある事をお許し頂きたいと思います。

ある時…私は当時家賃だけで100万すると言われた理事長のマンションに招かれた時がありました。
女性の部屋を物色するかの様に見回すのは失礼な事と、多少目を伏せながら入って行った私でしたが…
いやがうえでも、それは周辺視野に飛びこんできたものです。

それは私の背丈はあろうかと思われる、積み上げられた洋服の二つの山と言うもの…
袖さえ通していない洋服も多いのか?いくつもの垂れ下がる値札さえ見えていました。

その乱雑に積み上げられた洋服の生地のスパンコールやラメが、リビングと思われる部屋の豪華なシャンデリアの明かりに反射し、赤、紫、シルバー、ゴールドなど、色とりどりな光彩を放つ様を見ている内に、私は何故か子供の頃に見た万華鏡を思い出したものです。

その二つの洋服の山の間を縫う様に、人が一人歩けるだけの道がありました。

私にはまるでそれが、この女性が歩いてきた人生の獣道の様に思えたものです。

理事長は洋服の山に目が行った私に気付いたのか、『あはは…この洋服かきわけたら、多分、百万の束がいくつか出てくると思いますよ、いやほんとに冗談抜きでね…。』と、笑いながら、さもありなんに言うのでしたが、私にもそれは本当の事の様に思えました。

私は早々に仕事のミーティングを終えて理事長の部屋を辞去したものでしたが、帰りすがら、部屋に積み上げられたド派手な洋服の双丘と言うものが思い出され、それがはたから見れば、豪放磊落な女傑に見える理事長の心の奥底にある虚無や寂しさを映し出すものの様に思えてならなかったものです。

読者の皆さんは人と待ち合わせをした時など、こちらの姿を認め、中で手を振る人の姿などを見て、手前に透明なガラスで出来た扉やドアがあるのを忘れ、慌てて直進し、おでこをぶつけた経験がないでしょうか?

この理事長はそれこそ若く美しい時に、銀行のガラスの扉につんのめる様にぶつかり、大きな面積のガラスが割れ、砕け散った鋭利なガラスの破片が、身体全体に刃物の様に無数に突き刺さる大事故を経験した事などを、ある時私に話してくれたもので…
『アタシの服の下は傷だらけですよ…。』と語る理事長、その鋭く割れたガラスはあろう事か肛門にも突き刺さったそうです。

血だらけで手術室に運び込まれた若き日の理事長を前に、執刀する医師もさすがに狼狽を隠せなかったそうで、それを見た理事長は出血多量で意識の朦朧とする中『おいっ、ヤブ医者!てめえ男だろ!ビビッてねえで、性根入れて手術しやがれ!』と手術台の上から医師を怒鳴りつけたと言います。

若き日の絶頂と言うもの…
それは若く美しく、力に溢れた姿だったに違いありません。
人と言うのは何処かで夢の終わりを告げられる生き物なのかも知れません。

ハードにもソフトにも、その人に応じてそれが現れるのも、この私達の生きる娑婆世界の無常と言うもの…
私が極道当時垣間見てきた様々な世界に生きる方達も、一見、成功を収めている様ではあっても、寂しさや人知れず業を抱えている様に見えたり、また虚像とはかけ離れた人間的な弱さを持っていたり、本人は知らずとも、周囲にいる家族やスタッフが的確にその実像を見抜いている様な場合も多かった様な気がします。

でも、人間はロボットの様な完全無欠な人間に惚れる生き物ではない事…
自分の中にある弱さや未熟ささえも時には相手に映しだし、憎しんだり愛したりする姿において、人間の愛は1+1=2にはならぬものを感じる事も多かったもので、人が羨む様な突出した部分を持っている人は、逆に何処かの部分で欠落するものを持っていたり、出っ張りもあればへこみも持ち合わせる人間の姿を見る時…
表面上は貧富の差や平等ではない世界の様には見えても、持てる人間は持てる人間の心の闇や苦しみと言うものが、持たざる人間は持たざる貧困の苦しみや恐れと言うものが、そこには等同にある様にも思われ、本当は同じ持ち点を持って生まれてきた同じ人間に過ぎないのではないのか?と思うのも当時の私の人間観でもありました。

理事長にとって、この大事故が、それ以後、人目に肌を晒す事も叶わぬ、女性としての華や美しさ、幸せと言うものにさえ深く傷をつけた出来事だったに違いなく、そんな自分を決して見せまいと、それはまるで侍が鎧兜を身につける様に、きらびやかな服装で身を包んでいる様に私には見えたものです。
でも、そんな理事長もたった一人の息子だけは溺愛していた様で、子供の事を語る時の姿からは、暖かい一人の素の母親としての情愛をそこには感じるばかりでした。

よく『私は他人暴走自己破滅で突っ走るから、病院からも煙たがられているのです。』と語っていた理事長でしたが、親族企業でもある病院の経営陣からは、病院の売買や、特養の新設の話しなどに経営陣の了解を得る事なく介入し動く理事長の姿は、エキセントリックそのものであり、病院の執行部からも疎まれているものがあった様で、拡大路線を避け様とする経営陣と理事長との間に、齟齬が目立つ様になり始めたのでした。

そんな頃、私は初めての結婚をしたものでしたが、近況報告も兼ねて理事長に電話すると『ええっ!?…もう入籍を済ませたんですか?あんまり私は結婚など意味のない事だと思っていますけど、でもまあ結婚して籍を入れてしまったなら、幸せになって下さい。』と、祝福と言うよりも、けんもほろろに近い理事長の言葉に意外なものを感じた私でしたが、別に気にする事もなく、環境の変化もあり、深夜にかかってくる理事長からの電話にも段々と出ない様になっていた私でした。

こんな時期、よく私と共に理事長と同席する事の多かった、当時、私の会社の社長を務めていた人間が、理事長と疎遠になって行くものを感じたのか?ある時私に…
『顧問、もしかして理事長に結婚した事を話しましたか?』と聞いてきたものです。

私を『顧問』と呼ぶこの男は、親子ほど齢の違う人間で、私を十代の頃から知っており、極道渡世の人間ではありませんでしたが、口も堅く、信頼出来る事から何かにつけこの人間の言う事には耳を傾けた私でもあったのです。

『なんで?別に理事長に隠しておく必要もねえと思って、籍を入れた事は電話で話したが、それがどうかした?』と私が言うと…

『う~ん…年の功で言わせてもらえば、そこが女性の微妙なところで、結婚した事を聞いたりすると急に冷たくなったりするもんなんですよ。』と答えるこの男に…

『アホぬかせ…理事長とただの一度もホテルに行ったわけでもなし、そんな事あるかいや!?』とは正直な私の感想でもあったのですが(笑)

『う~ん…確かに、そんな気は理事長にはなかったかも知れませんが、でも、色恋までは行かなくても、自分が女を感じる相手が結婚してしまったりすると、人の持ち物になってしまった様で、興ざめする女性もいる様ですよ。』と語るこの男の言葉に、それはむしろこの理事長よりも、他の女性に該当するフシがあり、当時は女性の金主(スポンサー)などもいた私でしたが、確かに結婚以後『やけにつんけんしやがる』と微妙に態度の変わったものを感じる女性もいたものです。笑

でも、女性の機微を私に説いてくれたこの男は、これから数年後、私が最後の服役を終えて帰ってきた時、ある病院の大部屋の片隅で息を引き取ろうとしていたのであり、私がベッドの側に行くと、私に何かを伝え様としているのか、口をわなわなと震わせ、涙を流すばかりだったものですが、私にはそれが死線をさまよい、三途の川を越えた世界がそこにある事を、目で私に訴えているものがある様に思えたものです。

人間とは、お互いの出会いに意図したものを別れる時にまざまざと見せつけられる生き物であるのかも知れません。

この時期、理事長とある地方において進めていた特養建設の話しが大きく進展し、施設の用地として予定していた地権者に、理事長から数千万に及ぶ手付金が支払われる段になったのでしたが、地権者を取りまとめていた不動産業者をないがしろにする形で、銀行より地主達に直接手付金の振込みをしたが為に、慌てたのは不動産業者で、自分が手付金を預かり、そこからコンサル料などの名目で、自分の利益、自分をガードするヤクザへの礼金、また私への礼金を算出し様と思っていたアテが外れ、手違いがあり、振込まれた金を銀行から降ろして自分に渡してくれる様にと地主の元を回り始めたこの業者でしたが、一度手元にきた金を手離したくないと思うのも人情であり…

不審に思った地主より、理事長の病院にクレームの電話の入るところとなり、知らされた病院側も青天のへきれきであり、理事長にこの件から手を引く様に懇請するなど、二転三転した挙げ句、理事長側から振込まれた金を引き上げこの話しは解決を見たのでした。

このトラブルが発生した時、理事長から私に電話が入り『むかっまったく!あの不動産屋の’なんとか’はいったい何を考えているんでしょうね!?地主のところへ行って金を返してくれだなんて、そんな事言われたら地主だってビックリしますよ!チマチマした手数料欲しさで動く様じゃ特養なんか建ちやしませんよ、特養が出来たらそこに利益を見出だしたらいいじゃないですか!この件は病院にバレて反対されてるし、もうダメですよ!』と不動産業者にかぶせて私に苦情を言う理事長に…

『理事長、口を返す様ですがね…土地の売り買いが箸と茶碗の不動産屋に、社会福祉だ特養だと言ったところで、心に響くものなんかありゃしませんよ、それに施設が出来たら利益などと言う話しは、遠くにぶら下げられたあんパンの様な話しでね、そんな話しじゃ誰も納得しませんよ理事長、土地の売り買いにその日その日のメシの種を賭けている連中なんだから…病院の体面があって地主と直接金銭のやり取りがあっても、後で地主のところへ行き、金を戻してもらう事に文句は言わなで下さいよと私は念をついたはずでっせ理事長!』と、慇懃無礼に返した私でした。
そしてこれがこの方との数年に及ぶ交流に亀裂の入った瞬間でもあったのです。

その後、理事長とはこの件の事後処理で会う事はありましたが、自然と疎遠になりました。

私はその後、紆余曲折の果てに裏社会を抜け出て、僧侶ヒーラーとして活動し、現在に至っています。
そんな中、この方が10年程前に亡くなっていた事なども風の噂で耳にしたものです。

私と会うとよく『無から有を生み出す様な人間になって下さい。』と言ってくれた理事長…
またそれは当時の私の世界観に合致する言葉でもありました。

でも、今では人生とは多くのものを手放して行く旅ではないのか?と思う様になりました。

いつだったか…

日暮里の繊維街を歩いていると、先を歩く若い女性の手から長い生地の反物が滑り落ちたものです。
『あらら、大変!』と、生地を追いかける女性にも構う事なく歩道に拡がるその鮮やかな緋色…

そのラメの入った鮮やかな生地を見た時、ふといつも派手な服装で現れた女性の姿を思い出した愚僧であります。

合掌(完)

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