※社会通念上、不適切な表現や描写がある事をお許し頂きたいと思います。
私がまだ極道の世界にいた頃、その道に生きる人達の中には、写真を撮られる事を極度に嫌う人も多かった様な気がします。
スマホなどで自分撮りが流行る今時でもありますが、家族などで旅行や記念に写す写真は別としても、裏社会にいる自負がそうさせるのか、カメラなど向け様ものなら、「おいっ!俺の葬式の時に飾る写真を今から段取りよく撮ってくれてるのか?やめてくれや!」と露出を嫌う方などもいたもので、これなども今思えば、内に外に油断許されぬ世界を生きる極道にとって、身を守る為の護身の知恵だったのかも知れません。
一般の方から見ればたかが写真で神経質な事と思われるかも知れませんが、時の流れと共に、自分の写真が手配写真となってヒットマンの手に渡る事もあるのもその世界だった様な気がします。
同じ組織の身内として絆を信じていられる内ならまだしも…
流転激しい極道の世界、組織が分裂したり離反し反目したり、組から破門や絶縁になったりと様々な状況が発生する事があるもので、写真の中では仲良く兄弟分として肩を並べ収まっていても、時代と共に敵味方に分かれ争いになるのもその世界の習いでもありました。
昭和から平成に年号が変わろうとする頃、若き日の私は抗争要員として西に東に潜伏していた時があります。
ある時同系列の組織の人間が足を撃たれた事からその相手組織の最高幹部の組事務所や自宅、経営するクラブまでを調べあげ、近場は目立つ事から少し離れた街に潜伏し、上の人間からのヒット(狙撃)のGOサインを待っていたものです。
※現在この組織は解散
この時狙う相手の写真を渡されたものでしたが、それはパスポートサイズの小さな写真で、年月も経っているのか、セピア色にその写真は変色していたものです。「写真少し古い様やから、今はもちっと恰幅もええらしいからみ間違えん様に頼むぞ」と笑顔の内にも注意を促す様に写真を私に手渡した上の人間でしたが…
数日して、狙う相手が自分の愛人に経営させるクラブに酒を飲みに現れているとの情報が入り、「飲んでいるところを殺れ!」と言う事になり、店のある地方都市へ向かったものでしたが、店の前は見渡す限り田園風景広がる田舎町でもあり、田畑を照らすかの様な派手な店のネオンを見ている内に、商売と言うよりも極道の見栄で愛人に店を出させているものが感じられた私でした。
ところが、相手も油断なかった様で…
店を遠くより確認していると店の前に二台の軽トラックが入口を挟む様に荷台を道路側に向け駐車されており、いずれも荷台にはゴザの様なものがかぶされており、よく見ると微妙に動き、中に人が伏せているのが分かったものです。
さしずめ狙う相手の組長も、身の危険を察知してか、軽トラの荷台に道具(拳銃)を持たせた若い衆を伏せて待ち構えさせているのがありありと見てとれる様でもあり、こうなるとまかり間違っても、狙う相手の組長が、音(発砲)のする可能性のある店の中にいる事はまずありません。
撤収か、それとも相手の組長はおらずとも、ただで帰ったとあっては組内の人間に対して聞こえも悪い事から、軽トラの荷台に伏せる若い衆に撃ち合い覚悟で撃ち込んで行くのか、指揮官である若頭(死去)の判断するところでもありましたが、そうこうしている内に夜の田舎道に停車していた私達一行の車の側を同じ車が二度、三度と反復する様に通過して行ったもので、夜間の上に車の窓ガラスには真っ黒なフィルムを貼っている為に(当時は合法)中の人間を見る事は出来ませんでしたが、敵対する組織の組員が「面を取りに来ている(めんをとる・人数や車のナンバーを確認する事等)」は明らかで、もたもたしている事は相手の縄張りの内でもあり、多勢に無勢で返り討ちにあうリスクもある事から、急遽その地域を離れたものです。
それから数年後、平成に入ってより、この敵対した一家は私が所属していた組織の最上部団体、『大組織』の直径組織として帰参したもので、極道世界の言葉で言えば『内輪』『身内』となったものです。
その頃の私はやはり大組織の直径組織、直参(じきさん・江戸時代の旗本直参を模した呼称と思われます)と呼ばれた組長の付き人をしていたものでした。
※現在組長は引退、組織は解散
そんなある時、この組織の総長と私が付いていた組長が大組織の本部にて合当番(あいとうばん・組事務所の当番が一緒になる事)になったもので、当番を終えた事から、駅まで向かうタクシーを手配していると…
「兄弟!よければこっちの車に乗って行きませんか?」 と当時私が付いていた組長に件の総長が声をかけてきたものです。
極道の挨拶たるもの、昼でも夜でも目上の人間に対しては「ご苦労さんです!」と言うのが慣習でもありましたが、勢いよく早口で発声する事から「ゴワッス!」「ゴワッス!」 と事務所でも義理場と呼ばれるその世界の社交の場でも連呼するかの様に響いていた挨拶でもありました。
すると…「ゴワッス!おじさん、どうぞ!」 と件の総長のベンツの後ろのドアを開け、私が付き人を務める組長に頭をさげ、挨拶をする恰幅のいい極道の姿…
そう、それは忘れもしない、パスポートの写真の当人だったのです。
その時には数百人はいると言われた某一家の最高幹部として勢いのある事などは噂には聞いていたものですが、そこにかけらほどの私怨はなくとも、命を狙った間柄の人間と同じ車中になろうとは、極道渡世の不思議な因果が、どこかしらくすぐったくもあり、駅まで送ってもらう車中で、私が一人苦笑いしたのを相手が知ろうはずもありません。
それからしばらくの時が経ち、件のパスポートの組長は組織より処分され、極道の世界より消えた事などが耳に入ってきたものです。
写真…どんなにでたらめでやりっ放しで無法な極道も、人知れず愛する子供の写真を大切に持っていたりするもので、どんな暴れ者も我が子を想う気持ちに変わりはない事、その世界にいる当時、随分と見てきた愚僧であります。
合掌