得度の光りと影…男たちの挽歌⑤

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※得度式にて

朝の工場内での点呼が終わり工場中央の担当台に座る刑務官より…
「作業はじめ~!!」の号令がかかります。

すると、工場の中にある昭和30~40年代のものと思われる印刷の機械が懲役(受刑者)の手によっていっせいに稼動をはじめます。

春先でも雪の降る北海道は、鉄格子の付いた工場の窓から表を見れば、まだ根雪は溶けておらず、シンシンと雪が降り積もっています。

静寂の中で「ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン」 「ウィーン」とレトロな印刷機の音が工場内に響き渡ります。

工場の窓から見える刑務所の塀の内側…厚さにすれば30センチほどなれど、長い年月の風雨に晒され、ところどころ錆色に変色した灰色の壁…

その向こうにある娑婆と同じ空気が流れてはいても、隔絶された異次元の世界の様でもあります。

あせるアッ!区長がきましたよ!」と隣の作業台に座る懲役が小声で私に知らせてきます。

区長と言うのは各工場を統括する刑務所の幹部職員であり、工場が操業になる頃を見計らい、各工場を巡回して来るのでした。

こんな時に、うっかり顔をあげ、この区長と目でもあおうものなら大変です。
(((;゚д゚)))

むかっコラッ!貴様何を見てやがるんだ~!」と『作業中の視線上げ』と言う反則をとられ…

「一名連行~!!」と即身柄を警備隊に引き渡され懲罰房へと送られてしまうのです。

時には作業をしている懲役の後ろから音もたてずに忍び寄り、いつの間にか脇から覗き込む様に立っている時もあり…

側に人の気配を感じれば顔を上げてしまう人間の条件反射を逆手に取り、狡猾な笑みさえ浮かべ…懲役が違反の轍を踏むのを待っているのです…。

こうして懲罰房に送られた懲役(受刑者)は刑務所内で審査会にかけられ、否応なしに独房で謹慎させられ、本人の言い分など通るものではありません。

時には懲罰終了後も、工場に配役される事なく独房での生活を余儀なくさせられる時もあり…
独房での生活が長いと、デリケートな人間などは拘禁症状と言って…鬱に陥ったり、寝れない事から睡眠薬の服用を申請し、刺激の少ない服役生活から逃れんばかりに薬がもたらすトリップ感に浸る人間もいるのです。

懲罰を終えて再び工場に配役される事を「バツアケ・罰明け」と言いますが…そうした人間が前に配役された自分のいた工場に戻れる事は稀でもあります。

他の工場に配役されたところで、またすぐに反則で懲罰房送りになり、また他の工場に配役されるパターンを繰り返す人間も多く…

さながら、独房と工場の往来を繰り返す渡り鳥の様な人間さえいるものです。

また面白いもので、刑務所内の刑務官の間にも派閥がある様で、工場担当の刑務官は自分の工場で働く懲役がかわいい様でもあり(笑)

そんな自分の工場の懲役が区長などの幹部職員から微罪で連行されたりした時など…

むかっあの馬鹿野郎…つまらねぇ事でつままれやがって…(懲役の事)」と舌打ちし…

むかっデカイ面しやがって!なんだあの歩き方は!むかっ(区長の事)」と…たまたま担当台の側にいた私の耳に忿懣やる方ないそのつぶやきが聞こえた時もあり…

それは…制服を着た刑務官なれど、その内側は血の流れる感情の生き物人間である事をこちらに教えてくれている様でもあり、私は思わずほくそ笑んでしまったものでした。

工場担当の刑務官は、大勢の犯罪者の働く工場を統括する役職だけあって、人間の幅の大きい度量を感じさせる人間が多いのです。

ヤクザの親分もいれば…

泥棒もいます。

強盗もいれば…

婦女暴行魔もいます。

陽気な放火魔もいれば…

刑務所を敵とする左翼の闘士もいたりで…

あらゆる犯罪のバリエーションの見本市の様な人間の層で構成されているのが刑務所なのです。

そうした一筋縄ではいかない人間達を束ねる工場担当は、マニュアル化された刑務官としての対応ではなく、時に対人間として受刑者と対峙しなければならない事もあり…人間の器の大きさを求められる要職でもあります。

担当台より見ていない様で見ているその眼…

工場の雰囲気や、工場内での極道同士の力関係や反目しあっている人間達がいないか?

また、立場の弱い堅気の人間がイジメられていないか?など

懲役側の私から見ても、時にそれは「清濁合わせ呑む」とでも言うべき見事な判断を下す時があったのでした。

また工場担当に懲役の間で不満が募ったりすると、例えば生産工場であればその生産量を目に見える様な形で落として行くなどの根回しが懲役の間でされ…無言の抗議を試みるケースもあるのです。

しかしながらこの工場担当の刑務官に私は親しみさえ感じていたのでした。

雪のシンシンと降り積もる私の出所当日…

更衣室で私服に着替えている私を工場担当の刑務官が訪ねて来てくれました。

工場担当の刑務官を懲役は「オヤジ」と親しみを込めて呼ぶのですが…

「今日までご苦労さん!こんなところ(刑務所)にもう来なくてもいいべや!身体大事に元気でな、ありがとう…」と北海道弁まる出しの言葉で握手の手を差し出してくれたのでした。

私も「今日まで色々とお世話をかけました。オヤジもお元気で…」とその手を握り返したのです。

刑務官と受刑者…司法と犯罪者の立場の違いは厳然としていますが、お互い血潮の通った人間である事に違いはありません。

そうした立場さえ越えて心通う男の出会いと言うもの…

社会の最底辺の監獄にさえ、粋に感じる一期一会の出会いと別れがありました。

話しは戻って…

舎房から工場に出役し、作業を始めていると刑務官に連れられて人相の悪い人間が工場に入ってきまし
た。

担当台の前に立ち訓示を受けているその姿…

それは数ヶ月前に別の工場に配役されたはずのTだったのです。

【つづく】

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