★正仙の愛説法!…口から入れるものより口から出すものが大切なのでは?

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私達は口から入れる食べ物や飲み水に注意し、健康や美容によりよいものを取り込もうとしたりします。

私達が化学物質や薬品に方程式ばりに反応するだけの肉体だけの物質としてだけの存在なら、これで健康を維持する事は出来るかも知れません。

私達が肉体だけの存在ならば…

日頃何が自分の思考や感情の大半を占め、何を意図して自分は生きているのか?
自分が口から入れるものを厳選するのと同じ様に、内面から発する、自分の思考や感情を見つめ、それこそ、食べるものや、肌に塗るものに対してする様に、その形なきものを、今まであなたはチェックする事がありましたか?

それはまるで、小さな武器庫の様な破壊的なそれにはなってはいないでしょうか?
特定の人に対するいつまでも尾を引く憎しみや嫉妬が、今の自分の在り様さえ決め、健康にさえ影響を及ぼしている事にあなたは気付いていたでしょうか?

そして、自分が人に対して発している言霊と言うもの…
それが目の前にいる人に対してのものであろうとも、今、目の前にいない人に対して為されるものであろうとも、そうした事はリアルな物質ではないので、健康や自分の人生に及ぼす影響はないのだと決めつけてはいませんでしたか?

言葉の暴力や、陰口や中傷の裏にあるもの…

それは自分の中にある恐れや狂気を人に投影し、つかの間だけホッとしたい、エゴがもたらす処方箋である事に、日々、錯綜する情報社会に眩惑される私達人間は、なかなか気付けないものです。

何気なしに人の陰口や中傷を口にする習慣が、事故や様々な身体の不調や痛み、病気の源にさえなり得ると知ったら、それでもまだ、あなたはそれを続けて行くのでしょうか?

私達人間は、そうした対象を延々と連鎖させる傾向があるものです。
『お前がついていないのも、不運なのも、病気なのも、全てお前以外の誰かのせいだ!だから攻撃に備えろ、やられる前にやっちまえ!』と少々表現が不穏ですが(笑)自分の内面に目が向かない様に仕向けるのも、この私達人間の生きる娑婆に張り巡らされた、巧妙なエゴの磁場であり、罠でもあるのです。

別に人の中傷や悪口に病原菌やウィルスが宿るわけではありません…。
でも、私達は深いところで知っています。
肉体は別々の様に見えても、スピリット(霊的エネルギー)の上では一つで、網の目の様にお互いが、密接に繋がっている事を…

だから、人に対するそれがリアルな暴力であろうと、言葉のそれであろうと、熟成発酵したかの様な憎しみや嫉妬であろうとも、一時的には相手をやり込め、征服したかの様に溜飲をさげる事があっても、祭の後に感じる寂しさの様に、やがて罪悪感を発生させ、自分を痛めつけずにはおかないメカニズムが、人間の精神構造にはあるのです。

何故なら、憎しみや嫉妬を捧げる相手さえも、本質は輝くスビリットであり、自分自身でもある事を、私達は深いところで知っているからであり『何で自分自身を痛めつける事が出来るのか?』とそれをフィードバックさせずにはおかないからです。

人間は送り出したものをあまねく受け取る真理と言うのは、こうした事にも如実に現れるものであり、それをヒーラーの世界では、それこそ世間で流行った半沢直樹の『倍返し』ならぬ『7倍返し』と、そのエネルギーの相関性を揶揄する言葉まであったものでした…笑

そうした事から生み出される報復される恐れは、事故や病気となって出口を求める事に、多くの人は気付いていないのかも知れません。

乗用車に乗る事も、『凶器に乗る一つの瞑想』とさえ言えるもので、何らかの原因で、自分に恐れが生じたりで、自分の中心にしっかりいる事が出来ぬ時、言いかえるなら、自分のエネルギースペースに自分がいない時に事故を起こしやすいものです。

病気や事故も何処かのレベルで自分に不調和が起きている事を知らせる大切なサインでもあるのです。
肉体の声を聞く事はとても大切な事かも知れませんが、肉体ばかりに注意を向け、自らの思考や感情、想念に注意を向けぬ事は、蛇口の元栓を閉めるに等しいものがある事に気付きたいものです。

肉体自体は中立な存在と考えた時、そこに影響を及ぼしているのは他ならぬ自分自身のメンタルやマインドの部分である事を知る時、安心ももたらされるのではないでしょうか?

そうした事に気付く時、今までであれば、それこそ踊らされる様に飛びつき購入したTVの通販番組で流される健康食品や、何処へ行くにも持ち歩かないでいられない、色とりどりのサプリや錠剤などにも、不安や恐れのエネルギーを貼付けていた事を知る瞬間も訪れるのかも知れません。

釈迦は弟子達に『その土地に行けば、人から供されたものを口にいれ食べるが良い、でも自分の口から発する言葉には気をつけなければならない。』と言う意味の事を諭したと言われていますが…

過食や拒食などにも恐れや心の闇が大きく起因している事なども、セッションの際に、お客様のエネルギーレベルの中にお見受けしてきた事でもあり、不安や恐れが解消されている状態であれば、本当の意味で食を楽しむ事も出来、世間で騒がれる食品に含まれる添加物なども、過度に摂取すれば別ですが、それほど毒としての作用をもたらさなくなるものです。

また、恐れがない状態と言うのは、生きがいや恐れを埋めんとせんばかりの無理な食パターンに陥る事もなく、腹八分目での食生活も自然な形で実践出来出来る様になる様です。
(ただし、女性の皆さんは甘い物だけは別腹で、この限りではない様ですが…笑)

こうしたところにも、全てが自分ありきの映し鏡が、この現世である事を教えてくれているかの様でもあります。

合掌

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