組を破門となり、地元で逮捕された私の兄弟分は少年刑務所に入り、特少(特別少年院の略)時代のもう一人の兄弟分の居る工場に配役になったそうです。
ところが、手を取り合い再会を喜び合うそれにはならなかった様で…
破門になった兄弟分は刑務所の工場内では、たとえ以前にヤクザであろうとも、今は破門謹慎中の身であり、懲役(受刑者の事)同士の間での扱いは、あくまで『堅気』なのです。その上、彼の罪状は『窃盗幇助』と言う『盗』が付く罪状でもあります。
読者の方は不思議に思われるかも知れませんが…
世の中の最底辺でもある刑務所の中に於いては、犯してきた犯罪と言うものにも格付けがあり、一般の社会とは隔絶した論理のまかり通る世界でもあります。
その中でも強姦や猥褻な罪状は『男の恥』とされ、同じ懲役同士からは軽んじられコケにされたり、空き巣やスリ(パンサーとも呼びます)泥棒などの盗犯も何かにつけ「おい、ドロボウ野郎!」と中では馬鹿にされるのです。
これが成人の刑務所になると、そこには区別や差別があっても、もう少し緩やかで、生活しやすい大人のコミュニティも形成されていたりもするのですが…
しかしながら、少年刑務所は、基本的に血気盛んな26才迄の若い人間達を収容する施設でもあり、中に居る人間達も「俺は○○組の若い衆だ!」「俺は○○会の幹部だ!」と見栄や虚勢を張り合う事が多く、ささいな事から喧嘩になり。仮釈放で出所するどころか…
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中で暴力沙汰を起こし『事件送致』と言って、略式裁判を受け、刑期を増やしてしまう人間も多いのです。
刑務所ではチリ紙が貴重な需要品でもあり、お金の役割を果たしていたりもします。
読者の方は理解出来ないかも知れませんが、表の社会では取るに足りないこのチリ紙でさえも、刑務所ではトラブルの種に成る事もあるのです。
懲役同士で行われる賭け事の支払いなどもチリ紙で支払うのですが、これも社会で浪費癖のある金銭にだらしない人間などは、やはり刑務所に来ても同じ様で…
中で懲役同士で行われる賭けに負けて(TVやラジオなどで放じられる相撲や野球、のど自慢大会まで)自分のチリ紙を使い果たし、他の懲役からチリ紙を借りて回る人間もいるのです。
挙げ句の果てには、返してもらえぬ人間が業を煮やし、刑務官にわからぬ様に運動時間や作業中などに「オイ!テメエ!俺が貸したチリ紙300枚いつ返すんだこの野郎!」と、追い込みをかける始末です。笑
さながら娑婆の『借金取り』顔負けの姿でもあり、私が服役していた時などもこうしたモメ事で仲裁に入り、だらしなくチリ紙を借りっぱなしの人間を叱り付けた上で、貸した当事者にも「いっぱしのヤクザの兄いが、チリ紙ごときでガタついとったら笑われるぞ!」と話しを収めた時もあったものです。
話しは戻って…
こうした環境の中、破門になった私の兄弟分にとっては、風当たりの強い受刑生活となった様です。
兄弟分でもあり、まして現役の極道として、工場の中でも十分な力を持っていたもう一人の兄弟分でしたが、新入で入ってきた彼に対してソッポを向いたのです。
それは「俺はヤクザでお前は堅気なんだから、兄弟呼ばわりもやめてくれ!」と言わんばかりの態度だったのです。
この人間も、本来人情深い男だったのですが、破門中のまして『盗犯』の人間を『兄弟』と呼ぶ事によって、刑務所内の同じ懲役に馬鹿にされ、侮られる事を恐れたのかも知れません。
簡単に言えば、「偉そうな能書きを言っても、あいつはドロボウと兄弟分らしいぜ!」と、同じ懲役の間で吹聴されるのを彼は恐れたに違いないのです。
こうした周囲の目や組織や集団に発生する掟やルール、そしてそこに伴う価値観や信念と言うものが、心の声を塞ぎ、偽りの自分を演じさせる事は、例えが極端に過ぎるかも知れませんが、刑務所も表の社会も一緒の様な気がするのは私だけでしょうか?
こうしてこの二人は刑務所で再会したものの…
冷たい兄弟分の態度にやり切れないものを感じた彼はヤケになった様に刑務官に反抗したり、懲役同士での諍いを起こし、懲罰を繰り返した様です。
この当時は反則をして懲罰になると保護房と言う独房に入れられ、革手錠をかけられ、食事をする時もまるで犬の様に手を使う事なく、口で食器をくわえて食事をしなければなりませんでした。(現在革手錠は廃止)
彼は服役から数年後、出所し、私に連絡をくれたものです。
今回の服役で覚せい剤に溺れた自分の愚かさを悟り、「もう二度としないよ」と力強く語るのでした。
そしてその話しの中で刑務所で再会した兄弟分の話しを言葉少なに語るのでした。
その話しの最後に「兄弟…昔の兄貴分とも仲直りして前の組に戻ろうと思うんだよ…」と語る兄弟分だった男の言葉を聞きながら、何故か私は、少年院でよく見た鉄格子の中から空を紅く染めあげ太平洋に沈んで行く美しい夕陽を思い出していました。
次の刹那…「兄弟、俺達もこれまでだな、兄弟との盃は今日で水に返させてもらうよ、身体を大事に元気でな兄弟…」と口をついて言葉が出ていました。
私も当時は極道世界の信念や掟に従って生きている身でもあり、かつての兄弟分が代紋(組織の家紋・象徴)の違うよその組織に帰ると言う事は、組織同士での抗争ともなれば、どこでどう間違ってお互い命のやり取りをする事になるやもわからず…
そんな時に兄弟分のいる組織だからと言って遠慮する訳にもいかないのがヤクザでもあるのです。
そうした憂いをもたぬ為に他の組織との間に兄弟分を持たないと言うのが当時の私の信念でもありました。
「一度会って話しが出来ないだろうか?兄弟!」
と話しを一方的に終え様とする私を慰留するかの様に受話器の向こうから聞こえる声にも躊躇なく、私は電話を切ったのです。
もう一人の兄弟分にも後日談がありました。
彼は出所後、組織での立場を失い、覚せい剤に溺れ、組織をやはり破門になったのです。
その後の彼は転落の一途を辿り、行き場のなくなった彼は
ポーカーハウス(非合法のゲームセンター)に強盗に押し入り、強盗致傷の容疑で逮捕され、7年の実刑判決を受けて再び刑務所に舞い戻って行ったのです。
それは奇しくも、彼が兄弟分の罪状を嫌い嘲笑した『盗犯』以外のなにものでもありませんでした。
あれから二十数年の時が経ちますが、その後二人と会う事はありませんでした。
ここに書いたのはドラマでも小説でもありません。
犯罪やそれに伴う信念や世界観が見せる『無常の軌跡』を、この記事から少しでも感じて頂けたら幸いです。
合掌