尊敬と執着はコインの裏表

 

『尊敬は虚栄と同じくらい、断念するのが難しい』と語った人がいますが、これはさも何らかの信望や権力を手にしている人間に向けられた言葉の様でもありながら、宗教、スピリチュアルな世界に生きる人間が踏襲しやすい蹉跌を見事に言い表した言葉でもある様に思うものです。

人間、一度得た賞賛や地位や立場に固執する様プログラミングされている生き物で、いかにも心の平和や人の道を説く人間でも、担ぐ人間、崇める様な人間が出てくると、さらに尊敬の輪を広げ様と数は力、布教の為など様々な理屈をつけながら自我を強化し、慢心に陥り本音と建前の乖離が始まり、いつの間にか担がれる神輿になった自分に気付くものの、寂しいから嫌だ、型にハマっている様で嫌だなどと言えば(笑)

立場や地位を即座に失い、またそこから生じている収入や利益を失う怖れ、そして何よりも人の尊敬を失う喪失感に直面するのは真っ平ゴメンとばかりに自我の用意する台本のままに踊っていかなければならず、これはよく『悪魔に魂を売り渡した』などと言われる組織に於ける没個性、良心を売り渡すかの様なバーターや契約、理想の放棄などに見られる鋳型と言うもので、政治の世界であろうと、既存の宗教組織や団体(カルトを含む)であろうと芸能界であろうと、人の集まる所に発生しやすい因果法則とでも言うべきもので、理想を持ち、鳴り物入りで政治家になるも年月と共に老獪と拝金な政治屋に変貌する朱に交われば赤くなるそのままな姿などにも分かりやすいプロセスがあるものです。

人間、センセ、センセなどと立てられる様になると、その気になり天狗にもなりやすいものですが、そうしたものは自分のその時々の立場などに向けられた、形のある様で無い、確実性がある様で無い、虚ろいやすいものである事を理解しておかないと後々心の痛手を負うことにもなりかねません。
私なども仕事柄、スピリチュアルな教師を自認し様々にスクールやセミナーを展開する方の生徒さんより教師から受けたハラスメントや妬み、金銭の被害など様々にも非難する内容をお聞きする時があるものですが、

そうした方々の中には『○○サンは自分が超が付くチャネラーとか自分で思っているだけで、初めは凄いなとか思いましたけど、上から目線で私のやる事にまで口を挟んできて、あーっ、結局この人、生徒を育てるとか口では言っても、自分が一番じゃなきゃ気が済まないだけじゃんと思ったら一気に冷めてしまいました』と話す方などもいたりで、スピリチュアルな肩書きとか盛りに盛ったスピな能力などの上辺よりも『人としてどうなのか?』というところに関係性を見いだし着目していた事に気付かされるものです。

こうした場合、その教師側の人間も知っていたりするものですが、勿論、生徒からの直訴があった事など守秘義務もあり、何かの場面で会う事があっても、知らぬ素振りを決め込むものです。
まあ、もっともそんな私も油断大敵で(笑)坊主になり、ヒーリングなどを始めた当初など、鏡の自分に向かって『極道あがりの坊主なんてのはろくでもねえや、思い通りに行かなきゃ開き直ってでもやり込めて、人を足蹴にするのに遠慮もねえときたもんだ、それじゃ進歩も成長もないんだぜ正ちゃんよ』と、何度戒める様に罵ったか分からぬ愚僧であります(笑)
 

合掌

 

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密教僧侶ヒーラー正仙
元ヤクザ組長から密教僧侶ヒーラーになった男
真言宗・大元吉祥堂・堂主・ヒーリングルーム吉祥・主宰

かつて極道の世界に身を投じていたが、獄中にて
スピリチュアルな気付きが始まり、出所後堅気になり、
その後真言宗僧侶と成る。

あたり前に生きる事が難しい今の時代、
自らを不安や恐れと言う闇の中に囲い苦しんでいる方達に
それぞれの方が本来持つ、
あるがままの素晴らしい光や輝きに気付いて貰える様に

愛を基にしたパワフルなヒーリングやリーディング、
講演を心掛けて行きたいと思っています。

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