☆力をつける・塀の中の記憶から

『力をつける』と言うと、多くの人にとってスポーツやビジネスの世界などでスキルや経験を積んだり人脈を培ったりと、何にせよ実力を蓄える事を連想する方が多いに違いありません。
極道当時を振り返ってみる時、塀の中の懲りない面々の姿にもこの『力をつける』と言う言葉を見て取る事が出来た様な気がするものです。
刑務所に於いて新入で工場に配役された当初より『自分は娑婆で〇〇組の幹部だ!』とか『俺は表ではロールスロイスに乗っていた』とか『金ムクの時計からピケやピアジェやロレックスまで飲みに出る度につけかえるのが楽しみだった』などと、とかく吹く(自慢する)人間と言うのは早々に”ずっこける”傾向があったものです。
〇〇組だなどと名乗る人間が実は泥棒や空き巣の常習犯だったり、これを称して『懲役ヤクザ』などと言ったものでしたが、語っている(嘘を言っている)と?疑惑の生じた人間など、他の工場の懲役(受刑者)に打電してまで真偽をハッキリさせる地下裁判の一面も刑務所にはあり、語りがめくれると(バレる)こうした人間は精神衰弱に追い込まれる様ないじめに遭う事になるもので…
『てめえこの野郎💢前刑泥棒でシャブ食って捕まったくせしやがって何がヤクザだ!それにてめえ今回も捕まった時に女の下着頭からかぶっていたらしいじゃねえか?』
『何がロールスだよこの野郎、てめえ〇〇村に住んでて赤いトラクターの耕運機に乗っていたんだろう?プラモデルのロールスロイスかよおい、笑かすな💢』
『何がピケだピアジェだこの野郎💢だいたいお前領置金いくら持ってんだよ?金がねえから官物のパンツはいてんだろう?能書き垂れてると生活させねえぞ💢』と言った具合に、舎房や工場、運動の時間などに刑務官の目を憚りながらの脅しが入ったりと、追い込まれた当人は『ケツ割り』と言って、作業拒否をするなどして自ら懲罰房に逃げ込むより他なくなってしまったりするものです。
※官物とは刑務所から支給された物。領置金のある人間は自費で下着やタオル雑誌に至るまで購入出来る。
悲しいもので、少年院から刑務所に至るまで繰り返し服役する人間の中には『監視体制』にすっかり慣らされてしまい、見られている時だけ(刑務官に)しっかり行えば良いと言う表裏を使いわける姿勢がどっぷり身に付いてしまうなど、嘘をつく事やハッタリや虚勢を張る事で自分を大きく見せる事が身体の一部になってしまっている人間も多いもので、結局自分の首を占める因果を自らが作りあげている事など気付く事もなく自衛の為の嘘を繰り返すものです。
私なども極道当時地方の刑務所に服役した際など、工場に配役される早々に地元組織の『立ち役』の人間がナメた口を聞いてきた事から『運動場に来いや』と喧嘩を売ったもので、その地域を牛耳る組織の人間が占める割合の多い工場だった事から、どの様な返し(報復)があるやも分からず、近くの職席に置かれている鋭利な工具なども頭に入れておき、喧嘩になった場合など相手が複数で来た時なども片っ端から斬りつけてやれと思っていたもので、幸いにして相手が詫びを入れてきたので事なきを得ましたが、極道の世界に於いて一度ナメられたらとことんなのは娑婆も刑務所も同じで、一度『安目を売れば』評判は後々までついて回り、塀の中でもB級市民の扱いしか受けぬもので、かと言って面子を立てる為に喧嘩し相手に傷を負わせれば『事件送致』と言って刑を加算される事必定で、進むも地獄、退くも地獄の様な状況と言うのは極道の世界に生きていると何度となく経験して行くものであり、そんな境涯を現すかの様に『刺せば監獄、刺されば地獄、刺さにゃ俺らの名が廃る』と小唄もあるほどです。
※立ち役
生産工場などに於いて指導補助をする役割の受刑者。その他にも新入が堅気かヤクザかの根回しやチリ紙を現金に見立てての野球賭博の受け付けまで(見つかれば懲罰)行ったりもする。
※安目を売る
ヤクザ世界の隠語。自分の落ち度を突かれ相手を優位に立たせてしまう事などを指す。
しかしながら刑務所と言うのは、人間錬成道場の一面もあり、個性溢れる犯罪者、懲りない面々が監房と呼ばれる部屋に於いて八名程で寝食を共にする他、工場での人間関係などもあり、しきたりや交代でのトイレや洗面台の掃除当番など公平なシステムもあったりと、わがままの通らぬ我慢と言うものを覚えて行くものです。
でも、自ずとその務め方にも人柄は現れるもので、春夏秋冬過ぎる中で刑期が過ぎるのが止まった時間の様に感じられそれに耐えられず、イライラしがたついてしまう人間など早々にくだらぬ違反で警備隊に連行され二度と帰って来なかったり、表で待っているはずの妻である女性より離婚状をつきつけられたり、恋人が新しい男に走るなどの煩悩に苛まれペースを乱してしまう人間などもおり、淡々とした日常の中にも様々な人間模様が交錯するもので、懲罰で上げられ工場からも姿を消した人間が独房で精神異常をきたし、獣の様に夜な夜な叫び声を上げているなどの噂が耳に入ってきたりと、諸行無常が現出する事に於いて娑婆も塀の中も変わりがありません。
でも、そんな中でも凛とした見事な姿勢で刑期を務める人間もいたもので、極道ばかりでなくそれは堅気の受刑者でもいたものです。愚痴や不平不満、泣き言を言わず『盛らず、語らず』かと言って卑屈でもなく、刑務官のヅケ取り(ご機嫌取り)をするわけでもなく、かと言って綻びを見せないので刑務官も意地悪のしようもなく(笑)
先の見えぬかの様な日々の中にも自然体で忍従の姿勢を見せ、他の懲役を思いやるそんな懲役もいたものです。そうした人間に信頼が寄せられるのは娑婆も刑務所も同じで、いつの間にか工場担当の刑務官からも信頼され、少々の違反ではつままれなくなったりもするもので、これは刑務所と言う隔絶された世界の事ではありますが、冒頭の『力をつける』と言う事に合致する姿ではあると思います。
今はネットや動画で瞬時に情報が公開される時代であり、表のパワーを追う視点で言えば成功も時を待たずして勝ち取れるそんな世界観でもあります。『力をつける』などと言うワードもそういう意味では昭和のスポ根ドラマの様に思う方も多いかも知れません。でも、瞬時に勝ち取った成功はまた儚いもので、砂上の楼閣にしか過ぎぬ事、私自身、極道当時から人の姿に見てきた事でもありました。
『力をつける』とは実は結果の出ぬ時期の過ごし方や取り組み忍従の姿勢である事、今となっては痛感するばかりで、ここをしっかり経験しておくと、嵐がきた時、不遇の時でも自らの取るべき方向が見えてくるに違いありません。
情報のスピード化に伴い結果も迅速が良しとされ、スピリチュアルな業界も様々に変化変容を楽しみヒーリングやその形態の名称の変更なども良しとする風潮ですが、ヒーリングやサロンの名前一つ取って見ても人の間で広まり沈殿するには年月もかかり、華やかさよりもコツコツと反復し提供する何物かが大切である事。名称を含め自ら据えた柱をそう簡単には変えない、そんな燻し銀の様なスタイルも逆に今の時代大切ではないかと思う愚僧であります。
合掌

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密教僧侶ヒーラー正仙
元ヤクザ組長から密教僧侶ヒーラーになった男
真言宗・大元吉祥堂・堂主・ヒーリングルーム吉祥・主宰

かつて極道の世界に身を投じていたが、獄中にて
スピリチュアルな気付きが始まり、出所後堅気になり、
その後真言宗僧侶と成る。

あたり前に生きる事が難しい今の時代、
自らを不安や恐れと言う闇の中に囲い苦しんでいる方達に
それぞれの方が本来持つ、
あるがままの素晴らしい光や輝きに気付いて貰える様に

愛を基にしたパワフルなヒーリングやリーディング、
講演を心掛けて行きたいと思っています。

 

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