『ゆきゆきて神軍』を読んで

たとえば…子供の頃、盆暮れなどに家族が集まり、その傍らにはいつもニコニコと笑顔で目を細めているおじいちゃんの姿を子供の頃の記憶としてとどめている方は多いと思います。

そんなおじいちゃんが実は戦時中、どこかの戦地に従軍していた事などを親から断片的に聞かされていたりはしても、笑い皺ばかりが目立つおじいちゃんの姿からは、実感の湧かぬ戦争体験と相まって結びつかないものがあり、何か他人事で棒読みの史実を聞かされている様なリアリティーの感じられぬものとして、今は亡き祖父の姿を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

このドキュメンタリー映画『ゆきゆきて神軍』(撮影1982年初頭~1983年春 監督 原一男)の主人公奥崎謙三(撮影時62才、2005年に死去)は、

そんな穏やかな記憶に踏み込んで来て、観る人によっては記憶にあるおじいちゃんが阿鼻叫喚の戦争末期にまるで引き戻され断罪されているかの様なインパクトを与え、縁側から遠くを見つめる様に穏やかさを湛えていたその姿に、実はこんな文字通り墓場まで持って行かなければならない地獄の体験があったのではないか?とさえ思わせるものがあるかも知れません。

この映画の主人公奥崎謙三は、戦争当時から理不尽な上官を殴る刺すなどの反抗を繰り返し、兵隊やくざ的な反骨、反体制主義者であり位置付けはテロリストです。

戦後、殺人で長期受刑歴もあり、昭和天皇にパチンコ玉を発射して捕まり、天皇一家のポルノ写真を都内のビルから撒き散らすなどの一方では、参院選全国区にも出馬(落選)映画『ゆきゆきて神軍』では、戦争末期、ニューギニアなどの戦地で半ば公然と行われていた『人肉食』の口封じの為か?奥崎謙三本人も所属していた独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊内部で行われた兵士2名の処刑(終戦後に行われた)に関与したとされる元隊員たちを、二人の兵士の親族と共に訪ねて真相を追求して行く様子が撮影されているものです。

※この親族は奥崎の感情の起伏の激しい暴力的な部分や過剰な自己演出に辟易し途中で奥崎から離れて行ってしまいます。

しかし、元隊員達は一様に口を割らず、奥崎は時に暴力をふるいながら真相を聞き出す内に事の輪郭もハッキリしてきたもので、元上官が処刑命令を下した事を突き止め、それが結果として『ゆきゆきて神軍』のクランクアップ直前の改造拳銃での発砲、殺人未遂へとつながって行くのですが…出所後も出所当日に迎えに来たアダルトビデオ制作関係者にそそのかされ、ポルノまがいの駄作な映画に出演してしまうなど、人生の晩節に至るまで、自らが理想郷とした「ゴッドワールド」と狂気が交錯するかの様な諸行無常を描いた様です。

この映画、私が観たのは二十代前半だったでしょうか。(当時はVHSビデオ 笑)とても強いインパクトを受けた映画でした(数々の映画賞を受賞)当時は私も極道「なかなか過激なオッサンがおるやないかい」と言う様な感想だったものですが、その反面、戦争のはらわたとでも言うべきものが見事に描かれているものを感じた映画でもありました。

かと言って…奥崎謙三自身『天皇ヒロヒト』と昭和天皇を呼び捨てにし、戦争責任を断罪するかの様な行動の数々がありながらも、矛盾するかの様な我が儘で傲慢な、エゴが見え隠れするところも見事に映画の中に映し出されており、快、不快の波に感情も露に周囲を振り回し、テロリストと言うよりもある面、とてもヤクザ的な人間と言えるものをその姿に感じたものです。キワモノとしても、戦争の裏面史としても、破天荒な一人の男のドキュメンタリー映画として観ても面白い『ゆきゆきて神軍』ですが、何よりも戦場での処刑や人肉食の事実を時に暴力さえ用いて追及して行く奥崎謙三の訪問を受け、時には口ごもり正当化し、詭弁を弄したりしながらも…やがてぽつりぽつりと真実を話し出すその姿に、戦闘の様子などがそこにバックアップされていなくとも、戦争の狂気が浮き彫りになって行くものをまざまざと感じさせるものがあります。

この写真は『ゆきゆきて神軍』の本ですが(2018年増補版)原一男監督と奥崎謙三の赤裸々なやり取りなどが書いてある制作日記とも言えるもので、晩年、性的に目覚めてしまった(笑)奥崎謙三の哀れな老人の性のエピソードなども書かれており、映画と共に併せて読むと一層この映画が迫真を帯びたものになるかも知れません。

(ゆきゆきて神軍はYouTubeなどでも全編公開されています)

私は昔極道の世界に飛び込む前は任侠系右翼団体の構成員でした。

その頃は民族派思想とでも言うべきものに純粋で、教育勅語を諳じて読み、十代の頃などは機会あれば、当時日教組の委員長だった槙枝元文や共産党の宮本 顕治などを殺害して、出所後は右翼の世界で『先生』と呼ばれる大物になってやろうと真面目に考えていた若者でした。そうした事は極道の世界に持ち越して行く事になります。

でも、極道の世界に入り月日が経つにつれ、その殆どがヤクザの傀儡に過ぎぬ実態などを見るにつけ、むしろ非妥協、反体制を貫く極左の人間達の方がよほど信念に純粋でアウトローに近いものを感じる様になったものです。

私は二十代後半で組名乗りをその世界から許され、自分の組事務所などを構えたものですが、同時に右翼団体なども立ち上げたものです。でも、それは右翼的な思想からでは無く、企業や会社などへの街宣車を用いての攻撃など恐喝の道具として、ヤクザになる前段、不良の資質を見極める準構成員養成の場として実利的な理由から発足したものであり、自分で政治結社を作っておきながら、金が絡む争いの場などに右翼の紋章の入った名刺などを切って対目に座る相手などへは『オイコラッ、都合のいい時はヤクザで都合悪くなりゃ国士気取りかこの野郎!不良の話しに首突っ込んでくるなバカタレが!」と頭からカマシて行ったものでした。

坊主となった今では二度と戻る事の無い気概に生きた日々でしたが…

でも、私はこの前出の奥崎謙三の『天皇ヒロヒト』と言う言葉にあまり違和感を覚えません。私は真言宗の僧侶、真言宗が開祖弘法大師空海からして天皇家に縁の深い事は史実の上でもよく知られている事でもあります。

ましてや天皇家が住職を務めた門跡筆頭寺院が私の所属するお寺の本山でもあり、本来こうした事は憚りのある事でもあります。また、スピリチュアルな世界に於いても天皇家は天照大御神の系譜として特別視する方は多いものです。

天皇家と言う家系に生まれた大変さや、穏やかな家族の象徴の鋳型として尊重されるべきものがあるのは理解出来ますが、私の中ではそれ以上でも無ければそれ以下でも無いものがあります。今では天皇家と言えども、歴史の中で『すげ替え』まであった事が検証される時代となってきました。

天皇も、戦時中南海の孤島で無くなった兵士も、隅田川のほとりでブルーシートの家で眠るホームレスも、この世に生まれた座布団の違いはあっても、魂の上では五分と観る愚僧であります。

最後に、この本を購入の上贈呈してくれた友人、竹内弘さんにこの場をお借りして感謝申し上げます。

合掌  

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