※ヒーリング時の写真など了承を得て掲載しています。下記の内容など、加持祈祷やヒーリングの効果効能を誇張するものではありません。
昨日はこのフェイスブックでもご紹介してきた現在私より遠隔加持(ヒーリング併用)をお受けになられている山陰ご在住のYさんが、東京にお住まいの娘さんやお孫さんを伴い吉祥を訪れてくださいました。
ステージ4からの快癒、今回は当病平癒の加持祈祷とヒーリングセッションの御礼を兼ねて立ち寄ってくださったものですが、Yさんとはこの日が初対面ではありながらも、電話でよく話をさせて頂いた事も当然原因としてあるのでしょうが、まったく初対面と言う気がせず旧知の間柄の様な親しみが湧くのにも不思議な感覚があったものです。
「やっと先が見えた思いです。ありがとうございました」
と語るYさんの言葉にはステージ4と宣告されてから今日に至るまでのこの方の心情経過がズシリと詰まっている様な気がしたものです。
二人に一人はがんになると言われる時代、されど、よもやまさか自分がと考えるのも人間であり、まして異変を感じて診察や検査の結果がステージ4と言われれば、殆どの人にとってそれは死刑宣告に等しい響きを持つものである事…
がんの宣告を受け、自分の葬儀の花輪や盛花、火葬場までを連想したとセッション時に語って下さった方は今まで一人や二人ではありません。がんと医師より宣告され、それを受け入れる事への葛藤、初めは周囲の励ましや労りの言葉さえも、鬱陶しく人の気持ちを逆撫でする白々しい言葉に思えたと話してくださる方もいました。
でも、そうした心情経過を経て「がんになった事で、今まで当たり前と思っていた事がそうとは思えなくなり、家族を含め人との関わり方を考えさせられる大きな機会となった」と話してくださる方もいたものです。
昨日お越しくださったYさんも、最近、友人の心無い一言に深く傷付いた事などをお話しくださったものですが、病気にある人に対するデリカシーなど自分が病気になった事で、逆に日頃病の人に接する時、自分自身に落ち度がなかったのだろうか?と我が身を省みるものがあったと話してくださいました。
前にも書きましたが、Yさんのがんの状況に医師は半ばサジを投げ、開腹手術はせず、在宅で余生を過ごしても可と言う様な事を本人ではなく付き添う家族に伝えてきたものでしたが、それを伝えれば精神的支柱をYさんが失う事を恐れて半ば精神的に安心を得る為の安全弁としても通院による定期的な抗がん剤の治療を続けてきた経緯があります。
今回胃カメラやCTで見当たらぬほどがんが消えていた事に対して、医師からはそれ見た事かと言わんばかりに鬼の首を取った様に病院の治療のおかげと言われた事などを笑いながら話してくださったYさんでしたが…それでも「今回良くなったのは正仙さんにお加持して頂いた事や友達から励ましてもらったお陰と思っております」と御礼の言葉を口にされたものです。
※ソファーの上で私のヒーリングを真似るお孫さん(笑)
隣に座るお孫さんを見つめるYさんの眼差しが慈悲を湛える観音様の様でもあり、そんな姿を見ていると、ステージ4と診断された当初
「センセ、私は孫の成長を見るまで死ぬわけにいかんのじゃけ!」
と普段は穏やかなYさんが医師に詰め寄ったエピソードなども思い出されたものです。
帰る前にYさん、次いで長女のKさんの順にヒーリングセッションを受けて頂きましたが、大腿部に電気が走る感覚など対面でのヒーリングにありがちな体感にも驚かれた様で、帰りの飛行機の時間も迫っていた事から簡略ながらお堂にお通ししてお加持をして差し上げると「正仙サンはいったい何処で修行されたんですか?(ヒーリングや加持祈祷などを)」と不思議そうな顔で質問されていたYさんでした(笑)
この数ヶ月の間、ヒーラーの観点から食生活のアドバイスなどもさせて頂いたものですが、現在ではにんじんや菜食中心にシフトし(家族の協力が素晴らしい)好きだった甘い物も食べなくなり、食べ物への嗜好もすっかり変わってしまった事などを話されていたもので、こうしたYさんご自身の意識のシフトこそが今回の奇跡へ貢献している事は明らかな事でもあります。
親子三代で仲良く帰られるその姿に益々光り降り注ぐものを願わずにいられなかった愚僧であります。
合掌