この国はどこまで行ってもアメリカの企業舎弟の様な国だとつくづく思ってしまいます。
米朝会談が実現するのは良しとしても、トランプの「ええかっこしい」で裏から金を出すのは日本、米朝会談の報道などを見ていて、その昔、武闘派のヤクザが金はあるが喧嘩の出来ない穏健なヤクザと兄弟分になる事を裏で「銭チョーダイ分(兄弟分)」などと揶揄したのを何故か思い出した私でした。
温厚なヤクザはモメ事や他組織とのトラブルの度にイケイケの兄弟分に解決を頼む様になり、その度に礼金として金を取られ、平穏な日が続けばそれでは商売にならんとばかりにマッチポンプや出来レースでトラブルをこしらえてまで相手がこちらに泣きこんでくる様に仕向けると云うのもアウトレイジの手法と言うもので、金が無くなれば御用済みとばかりの出来事もしっかり用意されるものでそんな場に於いて…
「何が兄弟だ💢だいたいてめえなんざ俺と兄弟分なんて100年早いんだよ、よそからイジメられて気の毒だから兄弟呼ばわりしてやっただけじゃねえか、それに何だ!?金が行ってるだとこの野郎!誰のおかげで今日までのうのうとメシ食っていられると思っていやがるんだ、別に今この場でこっちは縁切りしてもかまわないけどな、どうするんだよ」と兄弟分を恫喝の上、力関係で舎弟にしたり若い衆(子分)もろとも取り上げてしまうのもその世界の習いだった様な気がします。
ヤクザは人間関係の分類に於いて敏速なものがあり(笑)敵か味方か?の判断に始まり、ビジネス、商用、金づる、スポンサーのいずれかに該当するのか?それとも仁義やその世界の掟と礼節に則った油断ならぬ極道渡世の人間として交流すべき相手なのか?はたまたヤクザである事や一切の利害関係を離れた友人として人として接するべき人間なのか?(この場合、とても温厚な釣り仲間が実はヤクザの親分だったと言う様なケースなどにも見られる)等々、人間関係をカテゴリー別に瞬時に分類判別していた事などその世界に生きた当時の自分を振り返ってみても明らかなものがあります。
前出の「銭チョーダイ分」にしても武闘派のヤクザからすれば、金は持っていても男として極道として認めるものがない(不良根性や武勇伝など)からこそ金づるとしての見方が成り立つわけで、これが相手がピシャリと隙の無い自分の貫禄と見合う極道なら任侠映画さながらの男の立て引き、仁義を重んじた付き合いをしようと思うのもヤクザと言うもので、たとえが悪いかも知れませんが…夫には何ら男の魅力を感じる事が出来ず邪険に扱う事など朝メシ前の女性でも、惚れた浮気相手の男の前では「女」でいたいと思う心理にそれは似たものがあるのかも知れません(笑)
「振り子の法則」と言う強いエゴの振り子が弱いエゴの振り子を淘汰して行くエネルギーの相関性を人間世界にあてはめた素晴らしい教えもあったりしますが、私が過去にいた裏社会で見てきたハードな顛末など、まさに「振り子の法則」が縦横無尽に横行し、弱いエゴが強いエゴに食い潰される、時に複雑で時に明け透けな適者生存の論理そのままの世界だった様な気がします。
その昔、関東でも有名な「ギャング」と呼ばれた親分(現在は引退解散)がいたものですが、この方の舎弟分にも豊富な資金力で有名な某一家の総長(引退解散)がいたもので、私が現役の極道当時なども、さる地方の事件性のある、逆を言えばそれだけにうま味のある土地への金融や売買の話しなどが持ち込まれた事から土地の登記簿謄本などをあげてくると、この方の名前で抵当がつけてあったりする事も度々で、豊富な資金力にものを言わせ先鞭をつけているものを感じ「さすがやりよるわい」などと思ったものですが、前出のギャングの親分とは仲の良いコンビとして有名だったものです。
※この場合のギャングとは武闘派である事は勿論、えげつないとも思える落とし前の付け方、若い衆に対して非情とも思える徹底したヤキを入れる事でも有名な方でした(覚醒剤に溺れる人間に対しても)
まだ私が現役の極道当時、このギャングの親分の一家に所属していた人間から聞いたところによると、この資金力のある親分のトラブルをギャングの親分が見事に解決した事があったそうです。
この某一家の総長、早速兄貴分でもあるギャングの親分の携帯電話に御礼の電話をかけてきたそうです。
それに対してギャングの親分は…
「おおっ、〇〇良かったな!俺に出来るのはこんな事くらいだ、何かあればいつでも言ってきてくれ、ところでな、少しばかり金がいるんだ…お前すまんけどな明日までに一億振り込んでおいてくれるか…」
「えっ、一億ですか!?💦」
σ( ̄∇ ̄;)
との声が聞こえるのも意に介する事なく「それじゃ頼むぞ!」とブチッと携帯電話を切り、金が振り込まれるその時までギャングの親分は携帯の電源を落とし音信不通の態を取ったそうです。そこには普通には解決出来ぬ事を無理を通して解決したのだから破格の見返りは当然とのヤクザ世界独特の黙契と云うものがあったのかもしれません。
私もその世界に生きた当時、刑務所の中で聞いた話しで嘘か本当かは知りません(笑)極道渡世の小咄、武勇伝と云うものもとかく尾ひれ羽ひれがつき誇張されたりするものでもあります(特に塀の中の話し)
でも、これが冒頭、米朝会談後などトランプから安倍総理に向けられるであろう話しになるとさらに桁の違う話になる事は必至であり、割りを食わされるは国民ばかりなりは何とも御免被りたいと願う愚僧であります。
合掌