京都二日目の今月5日は午前中より伏見稲荷大社へ行きました。炎天下の猛暑の中、オレンジのカラーを感じさせる鮮やかな無数の朱色の鳥居をくぐり、初めて日本一の稲荷大神の霊山を登った私でした。
外国人観光客から人気ナンバーワンと評される伏見稲荷ですが、この日も欧米からアジア圏まで、たくさんの外国人観光客の姿をお見受けする事が出来ました。高いハイヒールを履き、躓きそうになりながら石段を登る金髪の女性の姿もあれば、暑いから無理は無いものの、両の太腿も露なパンツ姿の男女が、蚊に刺された足をボリボリ掻きながら歩く姿なども何度もみかけたもので、どことなく微笑ましくもありましたが(笑)爆買いツアーばかりではない、寺社仏閣に差す国際色にも、今と言う時代が反映されている様に思えたものです。
日本には古くから観音信仰、不動(明王)信仰、龍神信仰などがある事はよく知られていますが、今回伏見稲荷を訪れ、頂上までの参道に無数にある5000基とも10000基とも言われる全国各地の寄進された方の住所や名前の入った鳥居を見るだけでも、伏見稲荷がいかに日本の人々に愛されてきたかが手に取る様に分かる様でもありました。これはあくまで私個人の感想でもありますが、稲荷大神(宇迦之御魂神・うかのみたまのかみ)と仏教で同体と言われるダキニ天を祀るお寺を訪れた時など、そのお寺の古い時代の熱心な信者さんまでが眷属として仕えているものが感じられたりで、眷属と言えばいかにも聞こえは良いですが、その土地に思いを残す未浄化、未成仏の霊としてとどまっている場合も多く、利益一辺倒の祈りや、人を蹴落とし、場合によっては恨む人の落命さえ祈願した人が亡くなった場合など、寺社仏閣の地縛霊として眷属然としている場合も多い様です。稲荷神が賞罰や駆け引きの強い「契約」を発生させる神である事はよく言われますが、ご 祭神の性格と言うよりも、眷属を気取る未成仏の霊の憑依や障礙(悪質なイタズラも)によりもたらされている場合が多い事はあまり知られていないのかも知れません。
ただこれもそれを許してしまう何かがご本人にある場合も多く、原因に気付くだけでも好転、解消されてしまう場合もあるものです。
それにしても素晴らしい御神氣に包まれた伏見稲荷であり、誤解の道行くところどころに時代を感じさせるお不動様の仏像なども見られ、強く神仏習合の名残りが感じられる神社でもありました。私には白髪の超仙人の様なご神霊がしっかり鎮座しているものが感じられたものです。長い間…稲荷神は縁の薄い神と思っていましたが、今回訪れてみて、その思いを新たにした私でもありました。
※この日の京都は40度近くの猛暑でした。流れ出る汗で作務衣の色も変色しております(笑)
その後は左京区一乗寺にある狸谷不動院を訪れたものですが、たくさんの可愛い狸が出迎えてくれました(笑)高台にある御本堂は、まるで清水寺を思わせるものがありました。
宮本武蔵が滝行をしたと言われる場所なども境内にはあったものですが、一乗寺と言えば、吉川英治の「宮本武蔵」を読んだ事のある方ならご存知の室町以来の京都の兵法家、吉岡一門と宮本武蔵が決闘をした一乗寺下り松のある場所です。
狸谷不動院を出た私は八大神社へ…
神社の入り口には今は亡き萬屋錦之助(当時は中村錦之助)が主演した映画「宮本武蔵」のポスターなども貼られていたもので、神社拝殿の横には宮本武蔵と吉岡一門との決闘の目安とされた「下り松」の表皮の一部分が、劣化せぬ様にガラスケースに入れられて展示されているのでした。映画では吉岡一門の頭目を立て続けに二人も武蔵に倒され、謀殺さえ企てた吉岡の門弟達でしたが、ここでも武蔵に敗れ、吉岡一門は潰えてしまいます(京染屋として血筋の方がご健在の様です)映画の中で武蔵が「御免!」と言ったのか、「許せー!」と言ったのかは忘れましたが、宮本武蔵扮する萬屋錦之助が敵の総大将として下り松の前に立つ年端もいかぬ子供の身体を刃で刺し殺す場面と言うのは強く印象に残っているもので…子供を殺めた剣客として世間の非難さえ浴び、たくさんの地蔵菩薩を彫り始めた武蔵…晩年は求道者の側面もある宮本武蔵ですが、きっと、人を倒すための剣裁きよりも、心の安寧、平和こそが尊いものである事に気付いたからこそ、剣を捨て、その晩年洞窟に籠ったのではないでしょうか。
八大神社に隣接する詩仙堂の美しい庭園を眺めまったりした後は祇園の八坂神社へ…
祇園信仰の中心としての歴史も知られる八坂神社ですが、御祭神の素戔嗚尊(すさのをのみこと)は私の好きな神でもあります。でも、この八坂神社に関しては、鎮座しているのはスサノオではなく、明治の神仏分離、廃仏毀釈以前の御祭神、牛頭天王(ごずてんのう・神仏習合の尊)の様な気がしてなりません。
※牛頭天王(ごずてんのう)
でも、牛の顔を持つと言われる牛頭天王、きっとユーモアたっぷりに「なんたって今じゃスサノオだからなワシは、でも願いは叶えたるぞ!」とその時代の為政者の神のすげ替えさえも寛容に、祇園を訪れる方達を暖かく見守っているに違いありません。
最終日の6日は、三十三間堂を訪れ、(撮影不可の為、写真は三十三間堂HPより引用)美しい御本尊、千手観音菩薩に日本国安泰、世界平和をお祈りし、その後は京都御所などをしばし見学して帰途に着いた愚僧であります。
合掌