永遠の覚者ブッダ(釈迦)…全てが自らの内にあると知ったその微笑み…
ブッダの歯を祀る寺院を訪れた人が、たかが歯ひとつにも高次の波動を感じたりするのも
※スリランカ仏歯寺…釈迦の歯を祀るお寺として有名です。
その悟りと言うものが身体の全細胞にまで及んでいるからに違いありません。
私達がその時々の気分の高揚から唱える『愛』や『ワンネス』と言う言葉も、その骨の随までDNAの一つ一つにまでにそれが及ぶ時
きっと愛を語る事もワンネスを説く事も無くなるのかも知れません。
何故なら…その人自身が愛でありワンネスであるから…
その人の発する言葉から一挙手一投足までが愛に満ちているから…
神に仕えるとは遠くの神に想いを馳せる事ではなく自らの命に仕える事…
死ぬまでにこんな会心の自分の微笑みに出会う事があるだろうか…?
そんな事を考えたスピリチュアルな幼稚園児であります。
合掌