今日は広島に原爆が落とされた日


※写真は本日早朝、スマホで撮影した朝焼けです。

今日は一度に百個の太陽が降ってきた様だったと言われる広島原爆投下の日

東京オリンピックを控えた前年である令和元年の今の日本の状況は第二次世界大戦前夜に酷似していると指摘する識者は多いものです。 

戦前、戦中の様な人の脳裏に踏み込んでくるかの様な思想弾圧や特高警察や憲兵が睨みを聞かせ軍靴鳴り響く暗黒時代を思わせる戦時色は無くとも、日本や取り巻く各国の首脳達との間に繰り広げられる目くそが鼻くそを笑うが如き揚げ足の取り合い、バフォーマーに過ぎる大国の大統領の姿、いつの時代だって、それは民意の反映などと言うものではなく、上に立つ人間の低次のエネルギーの投げ合いから戦争は生じて行くものの様な気がしてなりません。

戦争にはいつも裁きや大義名分がついて回り、私達国民は相手国が悪いからこちらも報復すべきだと言う論理に煽られ幻惑されやすいものですが、ネットで炎上する事と『戦争の火炎』は全く別物だと肝に命じなければならない様です。

戦争のリアリティーを知る人など皆無に等しい現在の日本では、国が仕掛ける世論の操作一つでバーチャルからリアルへと踏み越えてしまう危うさと言うものが常に付きまとっている様な気がしてならないものです。

戦争は戦地で亡くなる方ばかりでなく、非戦闘員の虐殺やリンチ、拷問を必ず生み出し、それこそ食糧が尽きてしまえば、若い兵隊の尻の肉が美味そうだと、味方の兵隊が寝入っているところを殺害して食べてしまうと言う信じられない地獄の餓鬼そのままのおぞましい光景が、太平洋戦争末期など南方の戦地で行われていた事など証言している人もいる程で、戦地ばかりでなく、銃後にある人々にも塗炭の苦しみを強いるのが戦争と言うものであり、戦争は狂気の連鎖を生み出す地獄絵図そのもの以外の何物でもありません。

下記の「ヒロシマの空」はあますところなく原爆の恐ろしさ、戦争の狂気と言うものを綴っています。

広島より遠く離れた東京の空の下からではありますが、爆心地に向け自坊より鎮魂の祈りを捧げる愚僧であります。

ヒロシマの空   林 幸子 

主婦、被爆時23歳、原爆で両親と弟を失う。 当時、市内昭和町(原爆地から二キロ)に在住。 

夜  野宿して 

やっと避難さきにたどりついたら 

お父ちゃんだけしか  いなかった

 ――お母ちゃんと  ユウちゃんが 死んだよお…… 

八月の太陽は 

前を流れる八幡河やはたがわに反射して 父とわたしの泣く声を  さえぎった

 その  あくる日

 父は  からの菓子箱をさげ 

わたしは  鍬くわをかついで

 ヒロシマの焼け跡へ 

とぼとぼと  あるいていった 

やっとたどりついたヒロシマは

 死人を焼く匂いにみちていた 

それはサンマを焼くにおい 

燃えさしの鉄橋を 

よたよた渡るお父ちゃんとわたし 

昨日よりも沢山の死骸しがい 

真夏の熱気にさらされ

 体が  ぼうちょうして 

はみだす  内臓

渦巻く腸

 かすかな音をたてながら 

どすぐろい  きいろい汁が

 鼻から  口から  耳から 目から  とけて流れる 

ああ  あそこに土蔵の石垣がみえる 

なつかしい  わたしの家の跡 

井戸の中に  燃えかけの包丁が 浮いていた 

台所のあとに お釜が 

ころがり 六日の朝たべた カボチャの代用食が  こげついていた 

茶碗のかけらが  ちらばっている 

瓦の中へ  鍬をうちこむと

 はねかえる

 お父ちゃんは  瓦のうえに  しゃがむと 

手  でそれをのけはじめた 

ぐったりとした  お父ちゃんは 

かぼそい声で指さした 

わたしは鍬をなげすてて そこを掘る 

陽にさらされて  熱くなった瓦 だまって 一心に掘りかえす父とわたし 

ああ お母ちゃんの骨だ 

ああ  ぎゅっ  とにぎりしめると 

白い粉が  風に舞う

 お母ちゃんの骨は  口に入れると さみしい味がする 

たえがたいかなしみが のこされた父とわたしに おそいかかって 大きな声をあげながら ふたりは  骨をひらう 

菓子箱に入れた骨は かさかさ  と  音をたてる 

弟は  お母ちゃんのすぐそばで 半分  骨になり

 内臓が燃えきらないで ころり  と  ころがっていた 

その内臓に フトンの綿が  こびりついていた

 ――死んでしまいたい! お父ちゃんは叫びながら 弟の内臓をだいて泣く 

焼跡には鉄管がつきあげ

 噴水のようにふきあげる水が 

あの時のこされた唯一の生命のように 太陽のひかりを浴びる

 わたしは ひびの入った湯呑み茶碗に水をくむと 弟の内臓の前においた 

父は 配給のカンパンをだした 

わたしは じっと  目をつむる

 お父ちゃんは 生き埋めにされた ふたりの声をききながら どうしょうもなかったのだ 

それからしばらくして 無傷だったお父ちゃんの体に 斑点がひろがってきた 

生きる希望もないお父ちゃん

 それでも のこされる  わたしがかわいそうだと ほしくもないたべ物を  喉にとおす 

――ブドウが  たべたいなあ 

――キウリで  がまんしてね 

それは九月一日の朝 

わたしはキウリをしぼり

 お砂糖を入れて ジュウスをつくった 

お父ちゃんは 生きかえったようだとわたしを見て わらったけれど 泣いているような よわよわしい声

 ふと  お父ちゃんは 虚空をみつめ 

-風がひどい 嵐がくる……嵐が といった 

ふーっと大きく息をついた そのまま がっくりとくずれて うごかなくなった

 ひと月も  たたぬまに わたしは ひとりぼっちになってしまった 

涙を流しきった  あとの 焦点のない  わたしの  からだ

 前を流れる河を みつめる 

うつくしく  晴れわたった ヒロシマの あおい空                

合掌

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