★小さな猫の手に

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※写真上の猫と文章は関係ありません。

人間は失ってこそ初めて失ったものの大きさを知る生き物なのかも知れません。

可愛いネコは愛する人と喧嘩し、別れた悲しみを涙のまま、寂しさのままにPCメールに書いては消す事を繰り返す優しい主人を見守っていたものです。

そんなある時…

深夜に帰宅し、パソコンの前で不覚にも寝入ってしまい、翌朝目を覚ましあわてて会社へと飛びだして行く主人の後ろ姿を見送った可愛いネコでしたが…

そのパソコンの画面には愛する人への想いか綴られた文章がそのまま消し忘れ残っていた事なども、この主人はうっかり忘れていたのです。

何を思ったかこの可愛いネコは、主人のいないシンと静まる部屋の中、パソコンが置かれたテーブルに飛び乗り、パソコンの画面を一読する様に見た後、その小さな手で『カチャッ』と送信キーを叩いたものです。

それは可愛いネコの主人が別れた今でも愛する人への想いを綴った、送られるはずもなかったメールの下書きだったのです。

ほどなくして、この猫の主である女性と別れた恋人はヨリを戻しました。
でも、一度は別れた相手の男性からは仲直りの原因として、自分宛てにメールが送られてきた事が語られる事はありませんでした。

当の可愛いネコの主人も、失恋の痛手からお酒の勢いさえ借りて書いたメールの下書きを、よもや飼い猫が送信していた事など、思いもよらなかったのです。

その後二人は結婚しましたが、仲直りの真実を二人が知ったのは可愛いネコが天国へと旅立って数年経った後でした。
子供が生まれ、成長し、この二人が恋愛からその結ばれた馴れ初めを子供に自慢気に話し聞かせた時にそれは訪れたのです。

『お父さんはね、若い頃、喧嘩してもあたしの魅力に根負けしてお母さんの元に帰ってきたんだから…』と、子供を目の前にペロッと小さく舌を出して笑うこの女性…その膝には占めるかの様にトイプードルが座っていました。

『おい、おい、子供の前で言い加減な事を言うなよ(笑)お母さんこそ、パパの魅力にひれ伏して全面降参のメールをくれたからお前たちが産まれたんだぞ、な~んてな!パパにもたまにはホラの一つぐらい吹かせてくれよ、アッハッハッハ!』と今では夫となり、年月さえ共にした元恋人のその温和に刻まれた笑い皺を見ている内に…

若き日に、いつもパソコンの前に座る自分の膝の上に座っていたその姿を、今はトイプードルのそのぬくもりに、鮮やかに甦らせた今は無き可愛いネコの主人でした。

ペットは飼い主との間のミッションを終えると、肉体を保てなくなると言われています。

本当は気づいていないだけで…
パソコンのキーボードを叩いた小さな猫の手の様な、天使のイタズラに、私たちは活かされ助けられてきているのかも知れません。

by正仙劇場

合掌

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