☆霊的教師ドリーン・バーチューのスピリチュアル否定、クリスチャンへの転身に想う事

イタリアの犯罪組織マフィアの幹部が司法の手に落ち更正を決意し組織の内情さえ暴露する事を『ピュアになる』と呼んだそうですが…

多種に渡るオラクルカードやエンジェルカードなどで知られ、日本のスピリチュアルブームの一翼を担ったドリーン・バーチューのスピリチュアル全否定、クリスチャンへの転身表明の動画を見ている内に何故か冒頭の「ピュアになる」と言う畑違いのワードを思い出した私でした。

この動画の内容にショックを受けたスピリチュアルな世界の住人は多いのではないでしょうか?

いわんやドリーン・バーチューと言えばオラクルカード、エンジェルカードの大御所とも言える存在で、大天使や女神、アセンデッドマスター、ブッダやキリスト、日本の天照大御神まで、色鮮やかに描かれたオラクルカードを監修し、このカードを用いてリーディングセッションを行っている占い師なども多かったものです(今でも)

単にオラクルカードの制作に関わっていたというばかりでなく、天使、チャクラ、クリスタル・チルドレン、インディゴ・チルドレン、そして健康やダイエットなど、心と身体に関して20冊以上の著作もある作家であり、主宰するエンジェルセラピーのプラクティシヨナーを名乗り活動する人もいたりで、国内でもスピリチュアルを志す人々に大きく影響を与えた人物でもあります。

私なども裏社会に片足入れながらスピリチュアルに比重が高まってきた頃、このドリーン・バーチューのオラクルカードを紀伊國屋書店の精神世界の書棚から買ってきて(笑)直感力を試す様なつもりでシャッフルしたものでしたが…何度引いても同じカードが並んだり、シャッフルしている時に弾かれる様に床に落ちるカードが三度が三度とも同じだったりと、認め難い葛藤を生じさせる様な意味ばかりが並ぶカードからは読み取れ…それは私の三年先位までをとらえた的確なものだった事、裏社会との訣別、人との出会いや別れ、混乱から再起など、起承転結にさえ言及されていたものだった事など、過ぎる季節の中で思い返される時があったものです。

ある時教会のミサに出ていたドリーンが、周囲の人々や風景が消失するほどのまばゆい光に包まれたイエス・キリストの姿を見る神秘体験をした事から、クリスチャンとして生きる事を決意し、人のすすめで洗礼を受けそれまで経験した事の無いクリアな体験をした事などもこの動画の中で話しているものですが…

そうした事から、占いやスピリチュアルが神から遠ざける悪魔の所業であり『魔術』であるとして禁じる(簡単に訳すと)聖書の教えを堅持し、天使や女神、アセンデッドマスターの存在、それまでのスピリチュアルな体験、透視やチャネリング、オラクルカードに至るまで、語気は弱いながらも(笑)全否定する立場を表明したものであり…またそれに代わるものとして「直接神に答えをもらえばいい」と言いながらも、その実それが聖書でありキリスト教と言う一つのシンボルに限定されている論理的な矛盾を表明している様にも見受けられたものです。

「じゃあ、今まで私達が信じて行ってきたオラクルカードのリーディングはまがいものだったと言うのか!?」

「勝手に自分だけクリスチャンになってスキルまで否定しておいて、信じてきた私達はどうなるの?」

「ドリーンの名前の無いオラクルカードを使ってもセッションの客を呼ぶ事も出来ないのではないのか?」などなど…

ドリーンのオラクルカードやエンジェルカードによるリーディングやセラピーで収入を得ていた方など、その不安にも切実なものがあるかもしれません。

でも、振り返って見れば数々の示現、神秘体験を持ち、大天使や女神、アセンデッドマスター(ブッダやキリストも含む)とのチャネリングに於いて充分な確信の元にメッセージを発信してきたドリーン・バーチューではなかったのか?と気付く人は多いはずで、クリスチャンになる決意の原因となった教会でのキリストが目の前に現れたと言う神秘体験に比肩する体験は、これまでもドリーンの書籍でも様々なバリエーションで紹介されてきているはずであり、やはりその体験も真の体験と言えるものではなかったのか?

それとも

皮肉な見方をするならば「盛って脚色してきた事」ゆえ出口が見つからず、罪悪感を生じ、軟着陸する為に必要だった自分自身で用意したストーリーだったのか?は分かりませんが、

教会でイエス・キリストの輝く霊的な姿を見たからと言って、キリストから「教会に入りクリスチャンに成れ!」と言われた分けではなく、「聖書が私の言葉を記した正しいものだ!」と言われた分けでもなく、クリスチャンになるのはドリーンの主観が為せる業であり、クリスチャンになるには洗礼を受け、聖書を何物にも勝る教えとして学習しようと決意したのもドリーンの都合と言うもので、こうなると聖書で魔術と禁じている占いやスピリチュアルの類いは禁じ手にしなければいけない更なる都合が生じる事もエゴの得意分野でもあるのです。

更にエゴは拡大解釈や分裂を要求してくるもので、自分のこれまでのスピリチュアルな活動が簡単に云うとインチキだったと、オラクルカードからもさっさと自分の名前を外して欲しいと言葉は丁寧ながら咆哮しているに等しいものが動画からは見受けられたもので…天使やアセンデッドマスターなど、時にはその人の信ずる「シンボル」の形を借りてでもその人に相応しいメッセージを送ってくる誰しにもある聖霊(内なる神、ハイアーセルフ)の働きさえ否定するものであり、聖書の教えを軸にするのだから、自分のチャネリング媒体としての経験や実績も「まがいものとして全否定」しなければならないと言う都合が生じ、また外部にもそれを表明し啓蒙して行かなければならない更なる都合に追い立てられるのも必然で、ドグマをかざし裁きやジャッジの傾向の強い宗教から離れ、自由意思を重んずるスピリチュアルに転身する人は多いものですが、ドリーンはその逆を演じているもので特異なケースと言えるかもしれません。

でも、私はこのドリーン・バーチューの顛末にはある面納得しているものがあり、

優れた先天的なサイキックでありながら、内なる神と言うよりも外に神聖なシンボル(天使や女神、アセンデッドマスター)を追い求め答えを得ようとする傾向などを以前より感じていたもので…その成れの果てに自分自身答えを見出せず、疲れを生じ、どこかで軟着陸して新たな自分へとシフトしたかったのではないかと勝手に推察したりするものです(笑)

でも、勿論信仰は自由、人生のどのタイミングで「ピュアになる」のもまた自由な事でもあります。

でも、キリストと面識も無い後世のキリスト教徒達によって編纂されてきた可能性大な聖書を今さら絶対のものとしてかざすよりも「スピリチュアルはやめるけど、キリストとの個人的な繋がりを感じて生きて行きます!」と宣言した方がよほどスッキリ爽やかとカッコ良かったのではないかなどと、ドリーン・バーチューに起きた身の上に勝手に重ねる愚僧であります。

オラクルカードやエンジェルカードに罪はありません。家元は心折れたかも知れませんが(笑)どうぞこれからもカードでリーディングをされている方など、内なる神を意識してこれまで通りカードを信頼しセッションを行って頂きたいと思います。

きっと、これまで通りクライアント様に必要必然な答えがカードに現れるに違いないのですから。。

               合掌

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