☆正仙の愛説法!ヒーラーの「距離を置きなさい」の提言は時に人間力の欠如となる事を知れ!①

私の元にセッションに訪れる方の中には当然、他所のヒーラーやセラピスト、スピリチュアルカウンセラーやチャネラーなどのセッションを受けた事のある人もいたりします。対人不和などでお悩みの場合、訪れた先でその道のプロから…
「その方とは距離を置いた方がいいです」
「その方はエネルギーバンパイアの様ですから距離をとってください」
「その方とは過去生からのカルマがある様ですから関係も断捨離(縁切り)してしまった方が良いと思います」等々…
人間関係の不信を訴えるクライアントに「距離を取りなさい」とアドバイスするヒーラーやカウンセラーは多いもので、私などもケースによっては同様の事をアドバイスさせて頂く時があります。
でも…
お客様からお聞きするケースの中には、明らかに「距離を取る」とか「距離を置きなさい」などのアドバイスが不適切に思われるケースもあったりで、何より言われたご本人が「でも、やっぱりそれって何かちがうんじゃないとか思ってしまうんですよね…」。などの違和する感想を持っていたりもします。
人間関係の悩みなどに於いて相談を受ける側にとっては「距離を置きなさい」とアドバイスする事は、ある面、クライアントの問題に直接言及するのを避ける為の「保険をかけた安全策に成り得る」場合もあるもので…葛藤や摩擦を生じさせる人間関係に於いて、殆どのケースに於いて「距離を置きなさい」が「適切」に相当すると言う実利的で便利なワードでもある一方、言われた当人に於いても、とりあえず問題となる人間と距離を置く様アドバイスされた事が免罪符の様な心理効果をもたらし、「会わない」「連絡を取らない」「ブロックする」などのアクションがこの後に続き、とりあえずの安心を得る事はできるものです。
でも、安易に「距離を取る」と言う事ばかりを念頭に生活していると、副作用も生じるもので、人をフィルターを通して見る習慣ばかりが身に付き(これもエゴがもたらす働き)人間関係などにおいて何か自分に思わしくない事があればシャッターをおろし閉ざしてしまう事ばかりを繰り返す様になり、人間関係や生きる事自体を味気ない曇ったものにしかねないものがあります。
これはサイキックな世界の人間達にも往々にして見受けられる事かも知れません。
またこうした「距離を置きなさい」とアドバイスする側の未熟さと言うものも投影されている場合もある様で、一概に「距離を取りなさい」とアドバイスするヒーラーやセラピスト、スピリチュアルカウンセラーなど、その実、その言ってる当人こそが実社会に於いて『人との距離の取り方が分からぬ未消化なものを抱えている』場合も見受けられる事があり、エネルギーが繊細ゆえ影響を受けやすく人との関わりか苦手だとか、色んな理屈はそこに付くのでしょうが…お客様の話しを聞いていて、明らかにキャパの無さを露呈しているかの様なセッションのケースを聞くに及んでは残念にさえ思える時があるものです。
私のセッションをお受けになられた方なら分かると思うのですが、私はエネルギーバンパイアに相当する人間から侵害を受けたとお話しくださる方などにも「被害に甘んじる必要は全くありませんが、ただ、その人間を汚れ(よごれ)として見る事の無い様にされた方が良いと思います」などとお話しさせて頂く事も多いもので、日頃、人をどう見るかと言うその人の視点視座と言うものが、その人の自己の確信とでも言うべきアイディンティティーを決定している事でもあり、制限ある他者への見方は、罪悪感を伴う自己評価へイコールされるものがある事、人の見方に於いてもまさに因果応報が体現されるのがこの我々人間の生きる娑婆(しゃば・人間世界)の様です。
だからと言って、侵害されるままになれとか、犯罪性のある事を受け身に許容せよなどと言う事ではなく、然るべき対処も迅速にしっかりしなければならない時があるのも事実です。距離を置く、ブロックする、場合によっては警察に通報する等々…

でも、そうした事をしている様でありながら、『内面の統御はその本人に預けられたものがある』のです。原因や精神的被害にやり場のない怒りや恐れ、あるいは消耗を感じていたとしても、それはこの娑婆と言う幻想の世界に於いて「オギャーッ!」と産声を上げて生まれてくる以前に神とではなく「エゴとの契約」に於いてきっちりと定められ、シナリオ化されたものがあり、言い換えるなら私達の台本はしっかり個々に至るまで書かれている様です。起きた出来事に神が宿るのではなく、その出来事に於ける私達の視点視座にこそ神か宿る事、今では確信となっているものがあります。

成功や名声や破産や病気、人間関係の不和さえもシナリオに書かれていると言ったならガックリきてしまうでしょうか…笑
引き寄せの法則よろしく『思考の現実化』も自分の本線(天職など)から逸脱しない様に自分の思うあるべき方向に向けておく橋頭堡としての働きにおいて有効ですが、望むものを自分のマインドで引き寄せたと幻惑してくるのもエゴ(自我)の得意とするところであり、実る事もあれば実らない事もある、外的事象(成功、富、名誉など)に答えを求めても決して答えを与えてもらえないカオスな場がこの地球であり、娑婆の実相の様です。
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