★正仙の愛説法!…電車の中の出来事から

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先日の事…

夕刻の山手線に乗ると、ドアの近くに、見たところ、20代前半の女性達が数名立っていたものです。

時おり笑い声と共に聞こえてくるこの女性達の会話も、今どきの若い女性にありがちな内容で、会社の同僚かな?と思わせる程度にしか過ぎなかったのですが…

すると、その中の一名が『おつかれさま~♪』『じゃあね!』『うん、またメールするね!』などと、仲間の女性達と言葉を交わし、途中の駅で下車して行ったものですが、電車を降りた女性は、扉が閉まり電車が発車するまで、会社のOL仲間と思われる女性達を見送っていたものです。

遠方に出発する人間を見送る新幹線の駅でならいざ知らず、通勤帰りで混雑する山手線の駅、それも毎日顔を合わせているであろう間柄の人間に対して、足早に去る事なく、見送る姿勢に、今どきの若い女性には珍しい律義なものさえ感じ見ていた私でしたが、発車の時に駅から流れる音楽と共に、その声は車内に残る女性達から聞こえてきたものです。

『ねえ、ねえ、チョットやばくねえあの人、こっち見て手とか振っているんだけど、こっちも手とか振らなきゃいけないわけ?』

するともう一人が…

『うん、いいじゃん′可哀相だから′手を振ってあげようよ!』と、さも分別をわきまえた様なその物言い…私にはこの女性こそが、可哀相な姿に見えたものでした。

車内に残された4人組は笑顔さえ見せ『バイバイ~♪』と、扉の表で見送る若い女性に手を振り出したものでしたが、見送る女性側から見れば、それは他意なく、自分の好意に応えてくれている仲間の姿に映ったに違いありません。

自分に向けて不当化のエネルギーを仲間が向けている事など気づくはずもない様な明るい笑顔で、その女性は見送っていたものです。

電車が動き出し、見送る女性の姿が見えなくなると、さらにそれはヒートアップして行きました。
『あの人さあ…他の部署から入ってきて、正直、どう付き合っていったらいいかわかんないんだよね…。』と、この辺は正直を思わせる感想でもありましたが…

『そう言えば、あの人、何回も部長にコーヒーと日本茶間違えて持って行ったりして、チョット馬鹿っぽくねえ…?』

『だよね、正直うざいんだよね…。』

『ねえ、ねえ、それに知っていた?あの人の彼氏ってドラクエずきの超オタクらしいよ?』

『え~っ!?キモ~イ!』

『やっぱり彼氏ありであの子ありなんだ~♪あはは!ダサ~イ♪』と…

陰口の振り子は益々強くこの女性達の間で、共振するかの様でもありました。

すると、それを先程から黙って聞いていた、やはり仲間と思われる女性がいたものですが、この女性に向かって一人が『そういえば、○○子も、あの子に会社で迷惑かけられたんじゃなかったっけ?部長からみんなの前で、お前なんか研修からやり直せ!なんて怒鳴られていたよね?』と、陰口の踏み絵を踏ませんとするかの様に、曇ったエネルギーを向けると…

『うん、でも、それはアタシのミスでもあるわけだしさ…別にそんな事ないよ、アタシ○○ちゃんとは′友達だし′あさってお茶する約束しているよ。』とあっけらかんと言い放ったもので、それまで鼻唄まじりの様に陰口を言っていた三名の女子は、バツの悪そうな顔で、口を閉じたのでした。
(=_=;)(^皿^)

複数の友人や仲間がいる集まりや飲食の席などに於いて、先に帰りし人間の批評や中傷、まれに賞賛が交わされる場を経験した事のある方は多いのかも知れません。

人間とは面白い心理構造を持つもので、噂ずきな事は勿論ですが、それまで時間を共にした仲間や友人が、何らかの理由から、その場を後にしたりした時に、その友や仲間に、自分の中にある恐れを引っ被せ、投影する傾向と言うものがあり、それが本人が居合わせぬ場での陰口や中傷となって現れる場合も多かったりする様です。

それと共に、自分の恐れを人への陰口や中傷として投影し、それを周囲に認めさせ、帰属意識として共有し、自己を正当化したい欲求がさらなる伝播を求める事も、エゴの力学、振り子の法則と言えるものです。

簡単に言うと…

『私さあ、○○ちゃんにかこつけて悪口とか言いまくっているけど、本当は彼女に見るある部分が、私の様で怖くて、憎くて、認められなくて、鼻についてさあ、だってそうでしょ?あなたもそうなんでしょ?同意してよ?ねえ、一緒だと言ってよ?そうじゃなきゃあたし安心して眠れやしない!』と、恐れの悲鳴をあげているに等しいものがあるのです。

こうした事は一個人としてばかりではなく、国家間の紛争や力関係にさえ見る事の出来るエネルギーの鋳型だと言ったら意外でしょうか?

スピリチュアルな学びをしている人や、引き寄せの法則や成功哲学を勉強している方の中には、自己の現実を創造する上で、自分から発する言霊や思考を見張る事の大切さに気づいている方も多い一方…
気のおけない仲間との会話に於いては、『この場だけは別』とばかりに、人の悪口や中傷に加わり、後でエネルギーの変調を起こしたり、対人不和の原因が、そうした自分のパターンにある事に気付かない人もいるものです。

人間は聖人君子ではないのだから、ガス抜きの意味でも精神衛生上も、人の陰口を叩く事も愚痴を言う事も必要だと言う意見もあるかも知れませんが…
建設的なディスカッションと、人をその時々の状況で、柔らかくも激しくもコキおろす事には雲泥の違いがあるもので、下腹部にある第2チャクラ(感情の層)や、みぞおちにある第3チャクラ(エネルギーの層)胸骨にある第4チャクラ(愛に関する層)または喉に位置する第5チャクラ(コミュニケーションの層)に膨脹感や痛み、不快感を引き起こし、身体の感覚として警報の様にそれをハイアーセルフが教えてくる場合があるものです。

※ハイアーセルフとは、内なる神とも言われ、高次の自己、一切の宗教概念にとらわれない自らの聖霊、または本来、神と共にある自らの良心と言う考え方もあります。

人の陰口や悪口を聞かされる場面に何度となく出くわす時は、自分の中にも何らかしらの浄化すべきものがある事を教えてくれている場合も多かったりするもので…
私にしても、電車での見知らぬ女性達の、取るにたらぬ出来事ではあっても、自分の何処かの部分がこうした事を招請し、目撃させているものを感じ、即座にそのイメージをスキルを使い浄化して行ったものです。

果たして、陰口や中傷と言うものが、世の中を円満に世渡りする為の潤滑油と成りうるのでしょうか…?
何らかの依存症にある人間は、不安や恐れ、体調不良なものがあっても、しがみつくものがある為に、その依存症となる対象や自己を正当化し、それを力説する都合に迫られる事にそれは等しいものがあるのかも知れません。

自分の届かぬ遠くの清き世界、夜空に星の瞬く大宇宙を、スピリチュアルと捉える傾向もある様ですが、スピリチュアルな学びのセミナーやワークショップの会場にいる時ばかりがスピリチュアルではない事、気付きたいものです。

自分の思考や言霊を見つめる活きたクラス、活きた道場とは、今回私が記事に書いた、電車の中での女性達のやり取りの様な、身近な日常にこそ散りばめられているに違いありません。

私が朝夕の勤行の際に唱えるお経の中には、不妄語、不悪口、不両舌、不邪見などと言う言葉もあったりします。

自分の運気を落とさぬ為にも、美容や健康を損なわぬ為にも、人の陰口や悪口に加わるなかれ!

合掌
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