人生交差点…酔歌⑥

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※社会通念上、不適切な表現や描写がある事お許し頂きたいと思います。

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夏の隅田川沿いを愛犬チビと共に散歩していると…セミの大合唱の中にも『カナカナカナ…』とヒグラシの鳴き声も混じって聞こえてきたりで…そこまで来ている秋の訪れを感じます。

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な~むあ~みだ~んぶぅ

な~むあ~みだ~んぶぅ

『南無阿弥陀仏』と葬儀場に響き渡る僧侶の読経の声…会葬者の耳には『な~むあ~みだ~んぶぅ』と聞こえてきます。

そう…それは若干24才で死んだUの葬儀でした。

前日の通夜の式場に仏となって運ばれてきたUは…大事故で亡くなったにも関わらず、顔には目立った外傷もなくとても穏やかな顔を湛えていました。

通夜が始まる前…Uの舎弟分達が、葬儀社によって幾分かは化粧の施されていたUの顔をさらに生気あるものにし様と思ってか…
化粧道具を葬儀社の職員から借りて、頬に淡いファンデーションを塗り始めました。

『兄貴なんだか色っぽくなっちゃったね…』とベソをかきながらUに化粧を施す若い子達の声…

棺を囲む若い子達から、私は口紅を渡してもらい、口紅をUの唇にあてる事なく、自分の指に塗りつけた上でUの唇に紅を引いていきました。

ヒンヤリと指先に伝わる冷たい感触が、二度とその唇が開かぬ事を今更ながらに教えてくれている様でもあります。

通夜葬儀に於て、組の本部長とは言え、組織構成から見れば『枝の子』と呼ばれる一若者にしか過ぎないUの葬儀…
本来なら、上部団体の組長なども、焼香を済ませればさっと、葬儀場を後にするのが慣例でもありますが…

でも、通夜当日のこの日…通夜葬儀を導師の僧侶が勤め終えてしばらく経っても、上部団体の組長からUの有縁の方達まで…みな、名残惜しむかの様に葬儀場から去ろうとしなかったものです。

そこには、Uの人柄もあったのかも知れません。

Uの舎弟達が、線香を絶やさぬ様に寝ずの番をする中…Uの亡骸が横たわる祭壇を見つめながら、それぞれの方が、Uの思い出を語るのでした。

母親の顔を知らぬUでしたが、通夜には遠方よりUの父親がきていました…。
親子の血は争えないと言いますが、元極道だったと言うその父親の顔を見ていると…

そのUと似ている目や顔立ちに、言い様のない親近感と共に、もの悲しささえも感じた私でした。

『いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていました。皆さんにはご迷惑をかけ通しだったのではないでしょうか?本当にありがとうございました。』と酒の勢いも借りて、気丈に振る舞うUの父親の姿…
子を失った親の心中いかばかりか…
痛々しい姿にも見えましたが、酒気を帯びて赤くなった顔で陽気に話すUの父親の姿に、私も少しばかり救われた気がしたものです。

そうした輪からも少しばかり離れて、私はUの棺の側に立ち、その顔を覗き込んでいました…。
昨日のUの電話での寂しい声音が耳をついて離れなかった私でした。

すると後ろから…
『仏の顔が汚れんかったのがせめてもの救いやったのう…』と親分と呼ばれる上部団体の組長が私に声を掛けてくれました。

この親分は当時大組織の直径組長として、私が組長付として付き従っていた方でもあります。
身体に何カ所もの痕跡を残す刺し傷と共に、突発的な喧嘩の仲裁で拳銃が発射されるのを恐れる事なくわしづかみにし、右手の人差し指を失うなど、自らも若い頃には手のつけられない暴れん坊だっただけに、Uのまっすぐな愚直さが好きだった様で、Uの将来を最も期待していた方でもあったのです。

しかしながら、過去には自分の組の若い衆が、敵対していた組織の人間よりリンチに等しい殺され方をした事などもあり…
そうした時、亡くなった若者の顔から身体中に至るまでの傷を隠す事も出来ずにご親族の方の前に晒さなければならない時もあったそうで…

『殺された時ばかり、親元へせがれを帰して寄越すのか!』とばかりに…
声にならぬ怒りや慟哭の眼差しを親族から向けられたそのいたたまれぬ経験からくる想いが『仏の顔が汚れんかったのがせめてもの…』と言う言葉に現れていたのかも知れません…。

その時、私の顔を見て『これまで(Uの事)死んでしもうて…ワシもどうにかなってまうんやろか?』と寂しそうにつぶやいたこの親分は…
この年には自らの浮気癖がたたり、若い衆から『姐さん』と慕われた女性を自殺により亡くしたばかりでもあったのです。

天涯孤独の身の上…赤子の時からミルクの代わりに米のとぎ汁を飲まされ、幼少時から親戚をたらい回しにされ育った苦労した生い立ちを持つ方でもあるだけに、その豊かな人情味など、本当に素晴らしい一面を持つ方でもありましたが…

この時には、すでに人生の斜陽にさしかかっていたのかも知れません…。

この時より数年後…
生来の博打癖が祟り、借金に次ぐ借金を重ね、自ら極道の世界より引退せざるを得ないところに追い込まれて行ったのでした。

ある方が『せめて30までこいつを生かしてやりたかったわ…』とUの遺影が飾られる祭壇を見つめながら溜息まじりに言ったものです…。

周囲から『会長』と呼ばれたこの方は、現役の極道の世界から身を引いた方ではありましたが、極道人生に於て私が最も色濃く影響を受けた方でもありました。

この方の言う『せめて30まで』と言う言葉からは…Uに、若い頃の食べる苦労を抜け出て、何をやってもうまく行く勢いのある時や楽しい時がある事を、例え短い間でも経験させ逝かせてやりたかった…。
そんな思いが感じられたのでした。

この方もこの後、晩年には肝臓を痛め、静脈瑠破裂により吐血を繰り返し鬼籍に入ってしまいました…。
最後は背中におぶり病院に担ぎ込んだ時もいくたびか…この方が生きていたなら、私が得度し仏門に入る事もなかったのかも知れません。


通夜の翌日、葬儀が終わり出棺の時がきました。
葬儀社の方が棺の蓋を閉める前に『お別れをお願いします。』と声をかけてきます。

棺桶に収まるUの顔を見ていると、様々な情景が去来していきました…。
ある時など、不手際を感じ指を詰めたUが、詰めた指を冷凍庫に入れたまま『指供養』をしてくれない自分の親分に腹を立てたのか…

むかっ親父、自分の指、天ブラにでもするつもりですか!?』と口をすべらせたばかりに…

むかっナニーッ!貴様!もう一度ぬかして見ろ!』とゴルフパットで殴られるところを辛うじて身をかわし逃げた事もあったUだったのです。
逐電し、その後数ヶ月音信不通だった時など、当時のUの親分も『あの馬鹿野郎!アイツは破門だ!』などと言っていたものですが…

それでも私には『あのアホ…俺に連絡も寄越さんと、悪さでもして捕まらなけりゃいいが…自分に連絡があった時は頼むぞ…。』と声をかけてくれたものでした。

でも、その後この方も組織から破門され、投獄され出所して間もなく身体を病み、寂しく死んで行った事なども、風の噂で聞いたものです。

冷たさの中にも暖かさが…暖かさの中にも冷たさが混在するそんな世界でもあった様な気がします。

そして音信不通だったUが頭をかきながらバツの悪そうな顔をして私の前に現れた時の憎めない悪童の様な姿…私は棺に入るUの顔にそれを重ねて見ていたのでした。

棺にはUが好きだった当時出たばかりのLARK MILDをしのばせたのです…。
葬儀も終わり、上部団体の組長や焼香に訪れてくれた一家一門の方達を見送り、Uの親御さんや身内の人間達だけで、火葬場へと向かったのです。

私も、若い時より近しい人間の葬儀などで、火葬場に行く時がありましたが、覚せい剤を常用していた人間などが火葬された時など…
骨らしい骨が残らず、灰の様になってしまう事、間々見てきた事でもありました。

しかしながら、荼毘に付されたUのお骨は真っ白で、しっかりと骨格を成した綺麗なもの…
Uの親御さんが生前Uと私が親しかった事を知ってか、分骨して供養してやって欲しいと、私に小さな骨壷を渡してくれたものです。

その骨壷にUのお骨を収めると、その場にいた皆さんも帰る為に表へ出て行きました…。
そこに残ったのはUの組の若頭と私の二人きり、最もUを知る二人でもありました。

どちらともなく分骨した骨壷の蓋を開け、Uの骨片を掴み、口に入れたのです…。
故人の骨を噛むと言う行為は、報復を誓う時の習いとも言われています。

Uは抗争などで殺された訳ではなく、事故で死んだのでしたが…親しい人間が亡くなった事から生み出される一種の昂揚感がそうした行為をさせたのかも知れません…。

しかしながら、口に含んだ時に舌が焼けるほどの熱さを感じた時、それはUの血潮の熱さの様でもあり、本人も予想だにしなかったであろう突如の死への無念にも感じられたのです…。

Uは極道にしては珍しい綺麗な蓮の華に座る釈迦の刺青を身体に入れていました…。
その時など『兄弟、そんな釈迦の彫り物なんか殊勝に入れた日には、早い事三途の川に呼ばれちまうぞ!』と揶揄し、からかった私だったのです。

Uの死後も流転を重ね、その後仏門に入った私…
それは皮肉にも、Uの刺青の絵柄の釈迦を発祥とする仏教に帰依する事でもあったのです。

あれから約四半世紀の月日が流れて行きました…。

『こんばんわ~』といつも隅田川沿いをチビを連れて散歩する時にすれ違うミニダックスを連れた女性の声…
気が付けば川の流れを見つめ立ちつくす自分がいました。

長い歴史の隅田川は、その時々に生きる人々の想いを映し出してきた川でもあります。

でも、いつも変わらぬ様に見えるその川の流れ…
ただの一瞬たりとも同じである事はなく、大海へと流れ注いでいます。

それは出会いと別れの刹那を繰り返し生きる私達人間の生涯の様でもあります。

ポツリポツリと…少し大粒の雨が、夏の暑さで乾燥したアスファルトの遊歩道を濡らしていきました。

乾燥した路面に拡がる大粒の雨跡は、まるで無数に拡がる蓮の華の様…

亡くなったUも黄泉で弥陀の華の上を歩んで行ったのだろうか…?

そんな事がフと脳裏をよぎりました。

足を止めていた私をチビが見上げています。

チビ…帰ろうか…

合掌(完)

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